といっても今貴方を銃口の前に立たせて、どんとやるわけではなく、実はわしたちが今度非常な超冒険旅行に出るについて、主として報道員として参加してもらいたいのです。もちろん生命は十中八九危い。その代り、前代未聞の経験を貴方に提供し、それから時機到れば、すばらしい通信を許します。そのほか報酬《ほうしゅう》として……」
 リーマン博士から口説かれた内容は、まあこのくらい述べておくことにして、結局僕はそれに乗ってしまったわけである。現在の僕の生活に於ける絶望と退屈とが、まず大体の動向を決定してしまったというわけで、向うさんのいう条件をいちいち、衡器《はかり》に掛けて決定したわけではない。僕の気の短いことは誰でも知っている。その代り諦《あきら》めのいいことはまず誰にも負けないし――といってこれは余り自慢になる性格じゃないが――しょっちゅう早合点《はやがてん》をして頭を掻《か》いてばかりいるのだ。リーマン博士が、僕なら生命の安売りをするだろうと白羽《しらは》の矢をたてたのも尤《もっと》もである。しかし一体誰が僕を博士に耳うちしたのであろうか。
 さてその「非常な超冒険旅行」へのベルリン出発は、その日の真夜中午前二時だと示達《じたつ》された。あまりに早急な出発であるから、僕はいささか未練がましく延期を求めたが、博士は気の毒そうな顔で首を左右にふった。
「この機密が漏洩《ろうえい》することを極端におそれるのです。さっきも念を推しておいたが、このことは誰に対しても厳秘《げんぴ》を守っていただきたい。日本人の貴方ゆえに、充分信用してはいるが、これはわれわれの任務の成否に関する重大な岐路となるのでねえ」
「大丈夫ですよ、そんなこと……」
 僕はそういわざるを得なかった。「非常な超冒険旅行」に出るということだけではどんなことをするのか分らないのに、そのことさえも厳秘だというのである。リーマン博士のそのときの硬《こわ》ばった顔付、額にねっとりと滲《にじ》み出たその汗から見て、博士はたいへんな責任を背負っていることが分った。
 それにしても、まことに唐突《とうとつ》の出発である。いくら僕みたいな人間でも、このベルリンにあと十数時間しかいられないのだとわかると、周章《あわ》てざるを得ない。
 僕は町へ出て、生活必需品の買い集めに狂奔する決心になったが、いよいよそこで歯刷子《はブラシ》はじめ二三の品物
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