旅行の途《と》についたわけです。それからこっちは、艇長たる私が、貴方の身体も生命も共に預ったのです。極秘の旅行ですから、ちょっと睡《ねむ》って貰ったのです。もう大丈夫ですから安心してください。貴方は無事本艇の中に収容を終りました。しばらくそこで休息していてください。そのうちに、貴方の気が落付くように、誰かをそこへ迎えに行って貰います」
 博士は淀《よど》みなく陳《の》べたてた。
 箱型自動車の中で、僕は自らスイッチをひねって、麻睡瓦斯《ますいガス》を放ったことが朧気《おぼろげ》ながら確認された。博士のいう極秘の旅行だからやむを得ないことだったろうが、なんだか小馬鹿にされたようで、いい気持ではなかった。そして僕はまんまと「本艇」の中に収容されてしまったのである。
「本艇といいましたね。すると僕の今居るところは、船室なんですか」
 僕はそれを訊《たず》ねざるを得なかった。
「船室? そうですねえ、船室といってもいいでしょうね」
 博士の声は、この部屋のどこかに取付けてある拡声器《かくせいき》から流れ出てくるようだ。目の前にある戸棚のどこかに仕掛があるらしい。
「すると目的地はどこですか。もう艇内に落付いた以上、それを明かにしてくれてもいいでしょう」
 僕は、遠慮を捨てて、正面からぶつかっていった。
「まあ待ってください。いずれおいおい分って来ますから、しばらくそのことは……」
「博士。僕は報道員ですぞ。真相は一刻も早く知っていなければなりません」
「それは分っています。しかし私は貴方の健康を案ずるが故に、もう少し待って貰います」
「健康を案ずるとは何故です。僕は病人ではありませんよ。このとおり健康です。博士がいわなければ、こっちからいいましょう。われわれは、ドイツを脱出してはるばる日本へ赴《おもむ》くのでしょう。どうです、当ったでしょう」
 僕は博士の返事を待った。だが博士はそれに応《こた》えなかった。いや、博士がそのことについて返事を拒《こば》んだだけではない。その後僕がいくら喚《わめ》いてみても、博士の声は遂に戸棚からとびだしてこなかった。博士が送話器のスイッチを切ったことは確実だった。
 僕は、囚人に成り下ったような気がした。


   驚愕


 正六面体の部屋の中に幽閉された僕は、それから二時間あまりを、地獄の生活とはこんなものかと思う程のなさけない気持でもっ
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