ほとんど同時に、難破した新コロンブス号の一つの窓に何か字をしたためてある一枚の紙がはりついているのを発見した。そしてそのうしろに、りっぱな艇長の服をきているがい[#「がい」に傍点]骨が立っていて、
「お前たち、早くこれを読めよ」といっているようであった。どうやらそれはロゴス氏のがい[#「がい」に傍点]骨らしい。
 がい[#「がい」に傍点]骨がまもっているその一枚の紙にはたしてどんなことが書いてあったろうか。


   がいこつ[#「がいこつ」に傍点]の警告


 がいこつ[#「がいこつ」に傍点]艇長が、こっちを向いて、紙に書いたものを「ぜひ、これを読め」というように、こっちへ見せているのだ。
 山ノ井も川上も艇長服を着たがいこつ[#「がいこつ」に傍点]には、びっくりして顔色をかえたが、わけのありそうながいこつ[#「がいこつ」に傍点]艇長のようすに、こわいのをがまんして、紙きれに書いてある文句をひろって読んだ。
 それは、つぎのような文章であった。
[#ここから1字下げ]
――ここは宇宙の墓場だ。けっして乗物のエンジンをとめるな。エンジンが動かなくなるとわが新コロンブス号と同じ運命になろう。それからもう一つ、時々ここをつきぬける、すい星があるから注意せよ。
[#地付き]新コロンブス号艇長ロゴス――
[#ここで字下げ終わり]
 山ノ井と川上とは顔を見あわせた。
「やっぱり探険家のロゴス先生だったね」
「そうだ。ロゴス先生は、がいこつ[#「がいこつ」に傍点]になってもあとから来る者のために、とおとい警告をしていてくれる。えらい人だね」
 そういっているうちに、動いているこっちのカモシカ号は、どんどん新コロンブス号から、はなれていった。二人は、それをじっと見送りながら、宇宙探険の英雄の霊《れい》のために、いのった。
 しばらくは二人ともだまっていた。がいこつ[#「がいこつ」に傍点]艇長にめぐりあったことが、ひどく胸をいためたからだった。
 そのうちに川上が声をだした。
「ねえ、千ちゃん、いったいこの重力平衡圏というところは、どんなところだろうね。もちろん地球の方へ引く重力と、月の方へひっぱる重力とが、ちょうどつりあっていて、重力がないのと同じことだとはわかっているが……」
 ポコちゃんの川上は、小さい目をくりくり動かして、そういった。
「それだけわかっていれば、それでいいじゃないか」
「いや、しかし、それは、りくつがわかっているだけのことだ。じっさいぼくたちが、その重力平衡圏へ出てみたら、いったいどうなるんだろうねえ」
「さあ、それは……それはぼくたちのからだは、ふわりとちゅう[#「ちゅう」に傍点]に浮いたままで、下に落ちもせず、横に流されもせず、からだは鳥のように軽く感ずるのだと思うよ」
「へえっ、ふわりとちゅう[#「ちゅう」に傍点]に浮いたままで、下に落ちもせず、横に流されもせず、鳥のように身が軽くなるんだって。それはゆかいだな。千ちゃん、ちょっと、それをやってみようじゃないか」
「やってみるって、どうするの」
「だからさ、つまりこのカモシカ号から外へ出て、ちゅうに浮いてみたいのさ。ちゅうに浮いた感じは、どんなだろうね。ぼくは前から、そういうことをしてみたかったのさ。天国にいるつばさのはえた天使ね、あの天使なんか、いつもそうして暮しているんだから、ぼくはうらやましくてしかたがなかったんだ。ねえ千ちゃん、ちょっと外へ出てみようじゃないか」
 ポコちゃんは、ちゅうに浮いてみたくてたまらないらしい。しきりに千ちゃんにすすめる。
「いや、ぼくは出ないよ」
「ぼくは一度出てみる。では、ちょっとしっけい――」
「あっ、待った。ドアをあけて外へとび出してどうするのさ」
「どうするって、今いったじゃないか。ちょっと、ちゅうに浮いてみる……」
「だめ、だめ、そのままでは……。だいいち、外には空気はすこしもないぜ、そのままとび出せば、とたんに呼吸ができないから死んでしまうよ」
「あっ、そうだったね」
「それから、外は寒いし、気圧はゼロなんだから、そのままでは、からだは大きくふくれて、しかもこおってしまうよ。つまり全身《ぜんしん》しもやけ[#「しもやけ」に傍点]になった氷人間になっちまうよ。もちろん、たちまち君は死んじまう」
「おどかしちゃ、いやだよ」
「だって、ほんとうなんだもの。だから外へ出るなら空気服を着て出ることだ。空気服を着ていれば、中に空気があるから呼吸はできるし、服は金属製のよろいのように強いから、圧力にも耐《た》えるし、また服の内がわは電熱であたためるようになっているから、からだが氷になる心配もない」
「ああ、それだ、空気服を着ることだ。そのことを早くいってくれればいいんだ。それをいわずに、ぼくをおどかすから、千ちゃんは、ひとがわるいよ」
 そこでポコちゃんは、千ちゃんに手つだってもらって、空気服を着、頭には大きな球型《きゅうけい》の空気帽をかぶり、すっかり身じたくをしてから、とうとう艇の外に出た。
 艇から外へ出る出入口は、このカモシカ号の胴《どう》のまん中あたり、それは小さい気密室が三つ、つづいていて、三つのドアがあった。いちいち、その小さい室へはいってはドアをしめ、だんだん外へ出ていくのであった。こうしないと、ドアをあけたとたんに、艇内の空気は、いっぺんに外へすいだされ、艇内は空気がなくなってしまう。それでは中にいる者は死んでしまうのだ。


   大事件


 ポコちゃんは、艇の外へ出たものの、しばらくは艇につかまって、手をはなそうとはしなかった。ここは重力平衡圏だとはいうものの、手をはなしたが最後、自分のからだは、すうっと下へ落ちていくのではないかと、やっぱり心配だったからである。
「おい、ポコちゃん、なにを考えているんだ」
 艇内からは、千ちゃんが無線電話でポコちゃんに話しかけた。無線電話器は、空気服のせなかに取りつけてあり、送話器と受話器の線は、服の内がわを通って、ポコちゃんの口と耳のところへいっている。
「いま、手をはなすところだ」
 ポコちゃんの声はすこしふるえている。
 カモシカ号の電燈が外を照らしているので、その光りのあたるところだけは、はっきり見える。
「千ちゃん、いよいよぼくは手をはなすよ。もし、ぼくのからだが、ついらくをはじめたら、すぐ助けてくれよね」
 日ごろのポコちゃんに似あわず、心ぼそいことをいう。さすがのポコちゃんも、自分の冒険がすぎたことを、いま後悔《こうかい》しているらしい。
「早くやれよ」
 千ちゃんは、艇内から、えんりょなくさいそく[#「さいそく」に傍点]をする。
「では、はなすよ」
 ポコちゃんは、もうあきらめて、手をはなした。と、かれのからだは、カモシカ号の胴の上をつるつるとすべって、うしろの方へ……。
 それから翼《よく》と翼とのあいだをするりとすりぬけたと思ったとたんに、かれのからだは艇をはなれた。と、かれのからだは平均をうしなって、くるくると風車のようにまわり出した。
「うわっ、わわわわっ!」
 でんぐりかえること何十回か何百回か、わからない。目がくるくるまわる。頭のしんが、つうんと痛くなる。はき気がする。
 そんな大苦しみのすえに、ようやくからだの回転がゆるくなって、、ポコちゃんは人ごこちにもどった。――その時、自分のからだが、まぶしく照らされているのに気がついた。千ちゃんがカモシカ号から探照燈《たんしょうとう》をあびせかけていてくれるのだった。
 そのうちに、ポコちゃんのからだは、しずかにとまった。急にからだが軽くなった。やれありがたいと、ポコちゃんはうれしくなって、あたりを見まわした。
「ほ、ほんとうだ。ぼくのからだは、ちゅうに浮いている!」
 自分のからだをぐるっと見まわしたが、手足も胴も頭も、何にもふれていない。たしかに、空間に浮いているのだった。
 ポコちゃんは、そこで、からだをちじめたり、手足をのばしたり、いろいろやってみた。どんなことをしても、からだはじっと、ちゅうに浮いている。これで肩につばさがはえていたら天使そっくりである。ポコちゃんは、いい気になり、すきなことをくりかえして、はねまわる。
 カモシカ号は、ポコちゃんから千メートルばかりはなれたところを、ポコちゃんを中心として、ぐるぐると円をかいて、とびまわっていた。なにしろカモシカ号の最低速度は、このへんでも時速五十キロメートルで、かなり早い。
「ポコちゃん、すぐ艇へもどれ」
 とつぜん艇から無線電話が発せられた。
「どうしたの、すぐ艇へもどれなんて……」
「たいへんなんだ。むこうから、かなり大きなすい星が、こっちへ近づいて来る。早くこのへんから逃げださないと、すい星に衝突してしまうのだ。ポコちゃん、早く艇へ乗りうつれ」
「それは一大事だ」
 なるほど、らんらんと怪光《かいこう》をはなった大きな酒だる[#「だる」に傍点]ほどのものが、ぐんぐん近づいて来る。これを見てはのんき者のポコちゃんもあわてないではいられない。
 艇の中では千ちゃんも顔色をかえている。そして艇を操縦して、ポコちゃんの横手に持っていく。しかし艇は時速五十キロだから、ポコちゃんの前を猛烈《もうれつ》ないきおいでしゅっと通りすぎる。これではポコちゃんは艇の出入口につかまることができない。
 それだといって、ぐずぐずしていると、すい星にはねとばされてしまう。すい星はいよいよ近づいたと見え、小山ぐらいの大きさになった。
「おい千ちゃん。乗れやしないよ。こまったね」
「こまったね。よし、艇から長い綱《つな》をくりだすから、それにつかまるんだ」
 千ちゃんは頭のいいところを見せて、出入口から綱をくりだした。それが長い尾を引いてポコちゃんの前を走る。ポコちゃんは死にものぐるいで、この綱にとびついた。とびついたはいいが、とたんにポコちゃんは全身の骨がばらばらになるほどの強い反動を感じ、目が見えなくなった。でも網は手からはなさなかった。
 千ちゃんの方は一所けんめい、この綱を機械でまきとって、ポコちゃんのからだを艇内に、ひっぱりこんだ。
 三つの気密室を、息もたえだえに通りすぎて、二少年がもとの艇内へはいったときには、二人ともすっかり力を使いきって、その場にへたばったまま、起きあがれなかった。
 と、そのおりしも、ものすごい音が艇の後部に起った。百雷《ひゃくらい》が落ちたようなすごい音だ。とたんに電燈が消えた。めりめりと艇をひきさく音がする。
「やられたっ。すい星と衝突だ」
「千ちゃん、艇はこわれたらしいね」
 二少年を積んだまま、まっくらになったカモシカ号は、どこへともなく落ちていく。


   人の顔か花か


 二少年は、死にものぐるいの力をふるって、起きあがった。
「千ちゃん、千ちゃん」
「おい、ぼくは、だいじょうぶだ」
「ぼくもだいじょうぶ。早く操縦席へいってみよう」
 二人は手さぐりで艇内をはいはじめた。艇内の電燈は消えて、くらやみだが、ただ夜光塗料をぬってある計器の面や、通路の目じるしだけが、けい光色に、ぼうっと弱い光りを放っている。
「ああ、これはへんだね。呼吸が苦しくなった」
「ぼくもだ。ポコちゃん、艇がこわれて大穴があいたんだよ。そこから空気がどんどん外へもれていくんだ。弱ったね。呼吸ができなければ死んでしまう」
「じゃあ、ぼくは空気帽をぬぐんじゃなかった。ぬいだと思ったら、さっきのドカーンだ。だからどこへ空気帽がいったかわからない」
「しゃくだねえ。ここまで来ながら、呼吸ができなくて死ぬなんて……」
「ぼくがわるかった。重力平衡圏で、よけいなことをして遊んで、てまどったのがいけなかった。千ちゃん、ごめんね」
「そんなことは、あやまらなくてもいいよ。しかし月世界探険のとちゅうで死ぬなんて、ざんねんだ」
「もういいよ。死ぬ方のことは神さま仏さまへおまかせしておこう。それでぼくたちは、それまでのあいだに、できるだけ修理をやってみようじゃないか」
「だめだろう。あと五分生きているか、十分生きているか、もう長いことはないよ。あっ、く
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