っこうは、まるで川をわたるときの足つきそっくりだった。
「あっ、しめた。一足、ちゃんと歩けたぞ」
 たった一足だけ滑らないで歩けたことが、ポコちゃんにとっては大きなよろこびだった。そのちょうしで、彼は用心ぶかく、つぎの一歩をそれからまたつぎの一歩を、白い道路の上にふみだしていった。
 が、また、すってんころりんと、ころんでしまった。そのわけは、ポコちゃんにはわかっていた。すこしゆだんをして、うっかり大地をけるように足を使ったのがいけなかったのだ。とたんにつるり、すってんころりであった。
「なんという道路だろう。まるで油をぬってあるように滑っちまう。しかし油なんか、けっしてぬってないんだがな」
 道路を手でなでてみたが、油をぬったようにぬらぬらはしていないで、やはり大地はがさがさしていた。
「ふしぎだなあ。なぜ、歩くときだけ、滑ってしまうんだろう」
 このことは、後になってはっきりわかった。それはこのジャンガラ星は重力が非常に小さい星であるために、摩擦《まさつ》もまた小さく、したがって地球の上を歩くような力の入れかたをしたのでは、すぐ滑ってしまうのだ。ジャンガラ星はたいへん小さくて月の一万分の一しかない豆粒星《まめつぶぼし》であったのだ。
 そしてついでに書きそえておくが、このジャンガラ星はビー玉のように球形ではなく、乾燥したグリーン・ピースの、おされてすこしいびつ[#「いびつ」に傍点]になっているそれによく似ていた。そのことがジャンガラ星の宇宙運航の軌道《きどう》を、いっそう、きみょうなものにしているのだった。
 そのことについて、もっとくわしく説明すると――いや、説明は中止だ。なぜといって、今空から一人の人間が、浮力《ふりょく》を失ったゴム風船みたいに、ふわりふわりと下りて来るではないか。しかもそれはポコちゃんがえんこしているすぐ前に下りてきそうなのだ。
 どうしたんだろう。あまくだる怪しい人かげは、いったい何者であろうか。


   あまくだる人かげ


 あまくだる人かげの、みょうな姿よ。
 ポコちゃんは、それに気がついて、ぽかんと口をあいてあまくだる人かげを見まもっている。
「空から人間が降ってくるとは、へんだぞ。翼《つばさ》も生えていないようだし、落下傘《らっかさん》を持っているわけではないし、なぜあんなにふわふわと、ゆっくり下りて来られるのかなあ。おや、このへんへ落ちてくるぞ」
 まるで花火がうちだした紙製の人形のように、その人かげは風にのったまま、地面に対してななめにすうっと着陸した。と思ったら、とたんにごろごろと転《ころ》がりはじめて、約二十メートルを転がって、ちょうどポコちゃんの前まで来た。
 ポコちゃんはあわてて相手をつかまえてやった。
「どこか、けがをしなかったかね」
 と、相手に声をかけながらよく見ると、なんのこと、それはジャンガラ星人のカロチ教授であったではないか。
「川上君。くしゃみをするときは、こっちを向いてやらないで下さい。わしはもう呼吸がとまるかと思った。すごいくしゃみを君はするんだね」
 カロチ教授は、三本の手でしっかりとポコちゃんの腕をつかみながら、うらめしそうにいった。
 聞いているポコちゃんは、顔があつくなった。
「あなたを、くしゃみでふきとばすつもりはなかったんです。悪く思わないで下さい。あなたのからだは軽いんですね」
「君のくしゃみのいきおいがはげしすぎるのだよ。あっという間に、からだがくるくるとまわって、地上から千メートルも高い空までふきとばされちまったからねえ。ほんとにもうこれからは気をつけてくれたまえよ」
「はいはい。気をつけましょう」とポコちゃんはていねいにあやまった。
「しかしあなたのからだは、どうしてそんなに軽いのですか」
 ポコちゃんは、えんりょのない質問をした。
「それは生まれつきだよ。ちょうど、君たち地球人が、いやに重いからだをもっているのと同じことさ」
 カロチ教授は、大きな目玉をぐりぐりさせていった。
「なるほどねえ」ポコちゃんはうなずく。
「しかしぼくは、さっきから歩こうとして滑ってばかりいるんです。どうしたわけでしょう」
「そりゃ君が、あまり足に力を入れて歩くからさ。君はもっと歩き方を練習しなくてはならない。でないと、おもしろいところへ案内できないからねえ」
「なるほど」
 ポコちゃんは同じことばをくりかえして、カロチ教授にうなずいてみせた。
「あなたはたいへん親切ですね。カロチ教授。そこでもっとおたずねしてよろしいですか」
「どうぞ。答えられることは答えましょう」
 教授もポコちゃんも、道路の上にすわりこんでしまった。タンポポのおばけみたいな木のかげが長くのびて、かたむいた太陽がぎらぎらと光る。いやに日が短い。
「まず知りたいのは、こんなりっぱな星がある
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