にかいたようなかんたんな窓がいくつかついている。そのほかにはなんにもない。
 その窓から、外をみてやろうとポコちゃんは思った。そこでかれは一足二足、窓の方へ歩き出した。ところが、とたんにかれは足をすべらした。べつにそんなに力を入れたつもりでもないのに、足はつるつると前にすべり、かれのからだは中心をうしなって、どたんと背中を床《ゆか》にぶつけた。そしてからだは、足を上にしたまま、すごい勢いで窓の下のかべの方へすべって、かべにぶつかった。
 と、かべに足がめりこんだ。いや、からだもいっしょにめりこんだ。いや、そうではない。かべがポコちゃんのからだにおされて、外へ向けて帆のようにふくらんだ。
「うわははは……」
 笑ったのではない。恐怖の声をポコちゃんは出したのだ。かたいはずのかべが、まるでゴムの布《ぬの》のようにまがるなんて、これはばけもの屋敷にちがいない。
 ポコちゃんは、あわてて起きあがった。そして戸口の扉をひらいて外へにげ出す決心をした。かれは足をひきながら、戸口の方へすりよった。
 そのとき戸口の扉が外に向かって、ぱっと開いた。さっきのカロチ教授が、おどろいた顔で部屋へとびこんできた。
 だがこのとき、外からの冷たい空気が、ポコちゃんの鼻の穴へ侵入してくすぐったので、かれはたまらなくなって、でっかいくしゃみを一つした。
「はっくしょい!」
「ケケッ」
 カロチ教授は、きみょうなさけび声を戸口にのこすと、そのからだは、あらしにまう紙だこのように、くるくるとはげしくまわりながら、はるかにはるかに遠くへ吹きとばされ、やがて姿は見えなくなった。
 思いがけないポコちゃんのくしゃみの偉力《いりょく》だった。
 ポコちゃんは戸口にぺったり、しりもちをついたまま、ぽかんとして石のように動かない。何事が起ったのか、ポコちゃんにはさっぱりのみこめないのだ。


   なぜ滑《すべ》るのか


「へんだなあ。さっぱり、わけがわからない」
 ポコちゃんは、ふしぎそうに、まゆをひそめて、けしとんでいったカロチ教授のゆくえを目でさぐってみる。
 戸口から見える前方の景色は、はばのひろい白い道が遠くまでつづき、その両側にきみょうな林がある。その林は、あたまの重そうな植物のあつまりでできている。その植物は背がずいぶん高くて、大きなケヤキの木ほどもある。しかし、ケヤキとはちがい、あんな太《ふと》い幹《みき》はなく、細くてつやつやした幹がまっすぐに立っている。幹が細いかわりに、葉っぱはたいへん大きく、たたみを三四枚あわせたほどもある。それからこずえの上に、これも、たたみ何枚じきはありそうなばけもののような花が咲いているのであった。あぎやかな赤い花、すきとおるような黄いろい花、海をとかしたような青い花などが、そのかたちもいろいろあって、咲きみだれているのだ。
「へんな林だ。しかし、どこかで見たような気もする景色だ」
 そうだ、思いだした。地球の上ならどこにでも見られるあの草花るいを、かりに五十倍か百倍ぐらいに大きくして、それを集めて林にしたら、たぶんこのような景色になるかもしれない。とにかくきみょうな景色のジャンガラ星ではある。
「カロチ教授はどうしたのかしらん。これからいって、あの林の間を通りぬけ、カロチ教授がどうなったか、たずねてみよう」
 このきみょうな国にとびこんで、きみの悪いったらないが、カロチ教授はふしぎに日本語が通ずるので、どのくらい心強いかしれない。そのくらい頼みに思う教授が、糸の切れたたこ[#「たこ」に傍点]のようにすっとんでしまって、いつまでたっても姿をあらわさないのであるから、気になって、しかたがない。
 ポコちゃんは、じゅうぶんに気をつけて起きあがった。さっきはどうして滑ったのかわからないが、こんどは滑らないようにと用心をして、ゆかの上を一足ふみだした――とたんにかれは、またすってんころりんと滑ってしまって、そのいきおいで、ゆかの上を氷のかたまりのように滑って走って、戸口から外へ……どすん!
 たしかに大地の上に、ポコちゃんはしりもちをついた。しかしおしりは、そんなに痛くはなかった。ふんわりとふとんのうえにしりをおろしたのと同じようであった。
 ポコちゃんは、きょろきょろとあたりを見まわした。空は青く晴れて、高いところにあった。太陽はぎらぎらと照りつけて熱帯の太陽のようであった。ふりかえると、今までポコちゃんのいた家があったが、それは白いクリームでこしらえた、みつバチの巣といったような感じだ。
 ポコちゃんは、もう一度じゅうぶんに用心をして腰をあげた。そしてしずかに大地に立った。そこでしばらく深い呼吸をして、気をしずめた。気がしずまったところで右足を高くあげた。まるで馬が前足をあげたように。それからその足をそっと垂直におろした。そのか
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