ろしていた奴じゃな。うん、子供もついて来ている。それでこの俺さまをとっちめたつもりでいるのだろうが、それはたいへんな間違《まちがい》だぞ。あっはっはっ」
 と、怪塔王の声が、にくにくしげに、室内にひびきわたりました。

     4

「おれの寝ているところへ、踏みこんでくるとは、さても太い奴じゃ。あっはっはっ」
 と、怪塔王は寝床の上にあぐらをかいて、大笑いをしました。
「なにをいう。貴様の悪だくみはもうすっかり種があがっているぞ。おとなしくしろ」
 と、帆村探偵がピストルをかざすと、
「なんだ、そんなピストルでおれを脅《おびやか》そうというのか。貴様はよっぽど大馬鹿者だぞ。おれは、やろうと思えば、帝国の最新鋭艦でも、なんの苦もなく坐礁させるという恐しい力をもっているのだ。そんなピストルぐらい何がこわいものか」
 帆村探偵も、一彦も、これを聞いて、胸をつかれたようにはっとしました。「淡路」の坐礁事件につきどうしてそんな怪事がおこったかと苦心してしらべていた矢さきに、怪塔王が自分でもって、「あれはわしがやったのだ」と白状したのですから、そのおどろきといったらいいようもありません。
「な、なにをいう。嘘《うそ》だ嘘だ。自分でもって、そんな大それたことをやったなどというはずがない」
 と、帆村が叫べば、
「うふふ」
 と、怪塔王は気味わるく笑って、
「なにもわしが喋《しゃべ》ったとて、そう驚くことはないじゃないか、これはせめて貴様たちの冥途《めいど》のみやげにと思って、聞かせてやったばかりよ」
「えっ、冥途のみやげにとは――僕は貴様などに降参したおぼえはないぞ」
 すると怪塔王は、又おかしくてたまらぬという風にからから笑い、
「なんだな、貴様たちは一度この塔へはいればもう二度と外へは出られないということを知らないのだな。わっはっはっ」
 一彦はこれを聞くと、もうたまらなくなって帆村の腰にしがみつきました。
 帆村は危険とみて、ピストルをとりなおすなり、寝床の上にのばしている怪塔王の足をめがけて、ピストルの引金をえいっとひきました。

     5

 怪塔王をねらって、帆村がピストルの引金をひくと、轟然《ごうぜん》一発、弾丸は怪塔王の足をぷつりとうちぬいた――かと思いのほか、案にたがって怪塔王は煙の間から顔を出して、にやにやと笑っています。
「おや、これはいけない」
 と、つづいてまた一発!
 しかし怪塔王はつづいてにやにや笑っているばかりです。
 三発目を、帆村が撃とうとすると、怪塔王は手をあげてとめました。
「これ、無駄にたまをつかうなよ」
「なにっ!」
「なにもかにもないよ。ほら見るがいい、貴様のうったピストルのたまは、こんなところに宙ぶらりんになっているじゃないか」
 そういって怪塔王は、寝床の上から長い指を帆村の方にむけました。
 はじめのうちは、帆村には、何のことやら、さっぱりわけがわかりませんでしたが、よくよく怪塔王の指さしたところを見ると、なるほど奇怪にも二発の弾丸がまさしく宙ぶらりんになっています。それはちょうど、帆村と怪塔王との向きあった真中のところです。二発の弾丸は下にもおちず、お行儀よく頭をそろえて向こうを向いているではありませんか。
「おじさん、怪塔王は魔法をつかっているのだよ」
 と、一彦が早口で帆村にささやきました。
「あっはっはっ、そのちんぴら小僧は魔術といったな。魔術なんて下品なものではない。これこそ、わしの得意とする磁力術じゃ」
 磁力術? 磁力術とはなんのことでしょう。鉄をすいつける磁石の力のことらしいのですが、そんな強い磁石があるのでしょうか。
「ほら見なさい。貴様のうったたまは、わしがつくってある目にみえない磁力壁をとおりぬけることができんのじゃよ。さあどうだ、降参するか」

     6

 あまりにも不思議な怪塔王の力に、帆村も一彦も、ぼんやりしてしまいました。ピストルを撃っても、弾丸が途中で壁の中に埋まったように停ってしまうのですから、ピストルなんか何の役にもたちません。
 軍艦淡路をひきよせたというのも、これと同じ力をつかったのだと、怪塔王は秘密をもらしましたが、なんという恐しい力があったものでしょう。またここはなんという気味のわるい塔でありましょう。
 といって、帆村も一彦も、ここで怪塔王に降参するつもりはありません。そんな女々《めめ》しい考《かんがえ》はすこしも持っていません。力のあらん限り、どこまでもこの怪人をやっつけなければならぬと、かたく決心をしていました。
「ははあ、二人ともむずかしい顔をしているじゃないか。まだ何か、わしに手向かう方法はないかと考えているのだな。あっはっはっ、そうはいかないよ。こんどは、わしがお前たちを片づけてしまう順番だ。覚悟をするがいい」
 というと、怪塔王は寝台を向こうへ下りようとして、後向きとなりました。
(今だ!)
 帆村探偵は、大胆にも怪塔王がうしろを向いたすきをのがすことなく、うしろから、「やっ」と掛声《かけごえ》して飛びつきました。
「な、なにをする」
 怪塔王はせせら笑いました。そして後をむき、片手をのばすと、帆村をどしんとつきとばしました。
「あっ――」
 怪塔王の力のおそろしさといったら、まるで自動車に跳ねとばされたような気がしました。
 さすがの帆村も、ころころと転がって、うしろの壁にどしんとつきあたりました。
 するとそれが合図でもあるかのように、がちゃんと大きな音がして、天井《てんじょう》からなにか黒い大きいものがどっと落ちて来ました。帆村は一彦の名を呼びました。そして二人は抱きついたまま、思わず首をちぢめました。


   鉄の檻《おり》



     1

 天井からおちて来た黒い大きいものは、一体なんであったでしょうか。怪塔の正体はいよいよ出《い》でて、怪また怪です。
「あっ、これは鉄の檻《おり》だ!」
 帆村は身のまわりを見まわして、びっくりしました。天井からおちて来たのは、実に鉄の檻でした。
 それは天井から床までとどく鉄の棒が、さしわたし五メートルもある円形に並んでいる鉄の檻でありました。
 こうなると、出ようとしても出られません。鉄の檻を、もう一度天井にひきあげてもらわないかぎり、この檻から外に出ることはできないように思われます。
 ピストルをうっても、もう怪塔王にはとどかないし、その上、おもいがけない鉄の檻にとりかこまれたのですから、帆村も一彦も手も足もでません。
「一彦君、ここへはいるのには、もっとよく調べてからにすればよかったね。これでは、僕たちは、怪塔王につかまるためにわざわざやってきたようなものだ」
 といえば、一彦少年は思いのほか元気な顔をあげて、
「おじさん、だめだなあ。こんなになってからいくら弱音をはいても、なんにもならないじゃないか。それよりは元気を出して考えるんだよ。一生懸命になって考えると、またすてきなことがみつかるよ」
「よく言った、一彦君。おじさんが弱音をはいたのはわるかった。さあ元気を出して、怪塔王とたたかうぞ」
 すると近くでくすくす笑う声がしました。はっと目をあげてみると、それは怪塔王が檻の中をのぞきこみながら、心地よげに笑っているのでありました。
「あっはっはっ、なにをいっているか。お前たちは、もうこの塔から出られないのだ。あきらめるがよい」

     2

「なんといおうと、この塔からりっぱに出ていってみせるぞ」
 帆村探偵は、鉄の檻のなかから、怪塔王をじっと睨《にら》みつけました。
「ほう、それは勇ましいことだ。じゃあ、まあよく考えてみるがいいさ。これからお前たちを、考えるのにはもってこいという場所へおくってやろう」
 考えるのにはもってこいの場所?
 それは一体どんなところなのでしょうか。
 怪塔王は、にやりと笑うと、また寝台のところへ歩いていって、後向きになりました。
「あっ、わかった。あそこに秘密のボタンがあるのだ」
 と一彦が叫びました。
「秘密のボタン――そうかもしれない」
 と、帆村は檻につかまって、怪塔王の背中をじろじろみつめています。
 秘密のボタンをおしたので、この檻が天井から下りて来たのでしょう。発射されたピストルの弾丸が空中でとまるのも、その秘密ボタンをおしたためでしょうか。さて今度、怪塔王はどんなボタンをおすつもりなのでしょうか。
「あっはっはっ」
 と、寝台にとりついている怪塔王が、二人の方をむいて笑いました。
「なにを――」
 と、帆村と一彦とが、睨みかえしました。
 そのとき、二人の立っている床がごくんと揺れたかと思うと、ああら不思議、そのまますうっと下にさがりはじめました。まるでエレベーターで下りるような工合です。
「あっ、僕たちをどうするのだ」
 と叫んだが、もうどうにもなりません。二人の立っている床は、どんどん下って、やがて十四五メートル下のまっくらな部屋へおりていって、止りました。どうやら、三階から一階へおりたらしいのです。
「あっ、止った」
「まっくらで、なにも見えない」
「手提電灯をつけてみよう」
 帆村は、ポケットから手提電灯を出すと、かちりとスイッチをひねりました。

     3

 手提電灯は、ぱっと真暗の一階をてらしました。
「おじさん、ここはやっぱり一階だよ」
 と一彦少年が叫びました。そうです、たしかに見覚えのある倉庫のような一階に違いありません。
 帆村探偵は無言で、じっとあたりを見廻していました。
「帆村おじさん、この鉄の檻から出る工夫はないの」
「うむ、鉄の檻ではどうもならないね」
 と、いいながら、探偵は鉄の檻が床についているあたりに手提電灯をさしつけてみていましたが、そのとき何を思ったか、一彦少年の腕をぎゅっと握りました。
「一彦君。大きな声を出しちゃいけないよ」
 と、まず注意をあたえてから、
「ほら、ここをごらん」
 と、帆村が指したところを見ると、鉄の檻が床から二十センチメートルばかり浮いているのです。
 一彦は、早くもこの意味をさとって、おどろきの声をだすまいと口に手をあてました。
「ほう、床に転がっているこの丸太ん棒が邪魔《じゃま》をしているから、檻が床までぴったり下らないのだ。これは天の助《たすけ》だ。一彦君、君は小さいから、この檻と床との隙間をくぐって檻から這出《はいだ》してごらん」
「ええ、僕、やってみる!」
 一彦は、すぐさま床に仰《あお》むけに寝ころぶと、頭の方からそっと檻の下を這出しました。あぶないことです。もしもこのとき丸太ん棒が鉄の檻から外れるようなことがあれば、鉄の檻の一番下にはまっている円形の太い台金でもって、一彦のやわらかい体はたちまち胴中から、ちょんぎられてしまうでありましょう。
 そんなことがあってはたいへんと、帆村は檻のなかにわずかにはいっている丸太ん棒の端《はし》を、力のあらんかぎりおさえていました。

     4

 きわどい冒険がつづきます。
 一彦は怪塔の鉄檻の下にわずかにあいた隙間をくぐって、死にものぐるいで外にぬけようとしています。
 うまく頭が向こうへ出ました。
 一彦はなおも一生懸命に、両足で床をうんとけりました。すると肩が檻の向こうへ出ました。つづいて手が出ました。
「もう大丈夫!」
 あとはするりと向こうへぬけ出ました。
「おじさん、抜けられたよ。おじさんも出られないかなあ」
 と、一彦は鉄格子につかまって、帆村の方をのぞきこみました。
 そのときです、鉄の檻が、がたんとうごきだしたのは。
 それはきっと一彦が檻を出るときに、うれしさのあまり檻を足で蹴《け》ったので、その震動が怪塔王の耳にはいり、鉄檻に隙間があってよく下りきらないのを知ったため、檻をむりにも下に下そうとしているのでありましょう。
 丸太ん棒がみしみし鳴りだしました。鉄の檻が力一杯丸太ん棒を圧《お》しつけ、これをくだこうとしているのです。
 しかし丸太ん棒です。上から圧すのは鉄の檻にしろ、そうかんたんにくだけるはずがありません。めきめきという音がするばかりで、一向
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