塩田大尉機が待ちに待っていた機会がやってまいりました。それは、怪塔ロケットが上むきになったままガスをとめたので、ロケットはその重さでだんだん上昇速力がおちてきたのです。おそらくロケットは、やがてくるりと一転して下向きになるとともに、さっと水平に走りだすことでしょう。まるでインメルマン逆旋回みたいなわけです。
 ロケットが上昇速力をおとし、宙にとまりかけたところを、塩田大尉は見のがさず、
「今だ! 垂直旋回! 敵の舵機を払《はら》え!」
 と、大胆きわまる号令をかけました。

     4

 塩田大尉は、さすがにえらい軍人でありましたから、たいへんいいときに体あたりの命令を出しました。大尉の乗った偵察機は、垂直旋回のまま、怪塔ロケットの尾翼をねらって、みごとに「どぅん」とぶつかりました。
「ううむ、どうだ」
 必死のかくごで、ぶっつかったのです。飛行機の車輪でもって、怪塔ロケットの尾翼を蹴ちらしたのです。はげしい音と共に相手の尾翼はもぎとられ、火花のようなものがぴかりとひかりました。偵察機もまるでつきとばされたように、空中でもんどりうち、塩田大尉はじめ乗っていた者は、みなくらくらと目まいをもよおしました。
 でも、気丈夫《きじょうぶ》な操縦員はがんばって、傾いていた機をもとのようになおしました。ぐずぐずしていれば墜落したかも知れませんのを、あやういところでひきとめました。
「よろこんでください、機体は大丈夫です」
 と操縦員はさけびました。
 ゴムの車輪は、おもいのほか丈夫で、相手の尾翼をけとばしてへいきでありました。
 そのころ塩田大尉や小浜兵曹長はやっと目まいがなおり、目をひらくことができるようになりました。
「怪塔は、どこへいった」
「あれあれ、見えないぞ」
 二人は席からのりだして、上をみたり、下をみたり、
「あ、あそこにいる!」
 小浜兵曹長がみつけました。
「おおいたか。どこだ」
「あれです。あそこの夕やけ雲をつきぬけて下へおちていくのが見えます」

 小浜兵曹長のゆびさすところをみると、なるほど、怪塔ロケットは、その半面を夕日にてらされ、雲のかげに尾をひきながらおちていきます。そして機体はぶるんぶるんとへんに首をふっているのでありました。

     5

 塩田大尉は、またもや全機に命令を出して怪塔ロケットのあとを追わせました。
 全機は、それこそ隼《はやぶさ》のように猛然と怪塔ロケットのあとを追いましたが、相手はぶるんぶるんと首をふりながら、遂に海中にどぼんとおちてしまいました。
「あっ、怪塔ロケットが海の中にもぐりこんだぞ」
「いや、墜落したのだ。早くあの真上までいって見よ」
 どこかに飛去るかとおもわれた怪塔ロケットが、いきおいもついにおとろえたか、そのまま太平洋の波間にしずんでしまったものですから、塩田大尉以下はめんくらったかたちです。
 偵察機は、海面すれすれのところまでおりて、怪塔ロケットが見えるかどうかとさがしました。しかし黒い海は、どこにロケットをのみこんでしまったか、けろりとしていました。
 しかたなく塩田大尉は、全機をすこし遠方にひきはなし、海面ひろく警戒をするように命令しました。それは怪塔ロケットが、いつ波間からとび出してくるかもしれない、と思ったからでありました。
 しかし怪塔ロケットは、ついにふたたび姿を見せませんでした。
 そして暮れかかっていた空は、どんどん暗くなっていって、とうとうまっくらな夜になってしまいました。
 こうなっては、怪塔をさがすことができません。塩田大尉はざんねんにおもいましたが、やむを得ずあとのことを、折から全速力であつまってきた駆逐艦隊にまかせ、ついにそこをひきあげることにしました。
 怪塔ロケットはどこへいったのでしょうか。そして今はどんなになっているのでしょうか。怪塔王や帆村探偵は、なにをしているのでしょうか。いろいろの謎をつつんで、怪塔をのんだ黒い海面は、しずかに眠をつづけています。


   炭やき老人



     1

 太平洋の波間に姿を消してしまった怪塔ロケットは、その後もすこしも姿を見せませんでした。駆逐艦隊は昼間も夜間も、ずっと海上の警戒をとかず、もしや怪塔ロケットが波間から顔を出した時は、大砲でどぅんと撃ってやろうとおもって、いつも待ちかまえていましたが、相手はどこにかくれているか何の音さたもありませぬ。
 ここで話は、勿来関のちかくの山の中にうつります。
 炭やきのお爺《じい》さんが山の中で、気をうしなっている少年を見つけました。
 そういう深い山の中に、少年がやって来たのも不思議なら、また少年の服装や足を見ても、旅をしたらしいところが見えないのは不思議でありました。
 たすけおこして見ますと、少年は右足に怪我《けが》をしていました。
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