のです。ですから、これを征伐するにしても、なかなか研究をしてかからねばなりません。そこで私たちは、艦長などとも相談の結果、日本一の大科学者といわれる大利根博士《おおとねはくし》に来ていただくことにして博士のお智恵を借りることにきめたのです。博士に来ていただけば、必ず怪塔王征伐のいい方法がみつかるにちがいありません」
6
大利根博士は、日本一の科学者でありましたが、また日本一の変り者でもありました。博士はいつも地下室の研究所にたてこもっていて、なかなか外へ出て来ません。誰かがたずねていっても、よほど機嫌《きげん》のよい時でないと、顔を見せません。ですから、強い近眼鏡をかけ、ひげぼうぼうの痩《や》せた小さい顔をもった大利根博士を見た人は、よほど運がよかったことにされていました。大抵の場合は、博士邸の玄関にそなえつけてある電話機でもって、奥の間にある博士と電話で用事を話しあって、用を果すのが普通でありました。その電話さえ、時によると、博士が電話口にあらわれて来ませんために、二日でも三日でも玄関にがんばって、いくども電話をかけてみるよりしかありませんでした。
その大利根博士が、軍艦淡路をおとずれたのは、約束より三日もあとのことでありました。
「やあ、ひどいことになったものですね」
博士は腰をたたきながら、にこにこ顔で舷梯《げんてい》をのぼって来ました。
艦長|相馬《そうま》大佐をはじめ、幕僚たちや検察隊長の塩田大尉なども、大利根博士を出迎えていました。
「これは相当の威力をもっている秘密兵器でやられたのですね。たいへん面白い。すぐにしらべてみましょう」
と、甲板のうえから、艦橋が飴細工《あめざいく》のように曲っているのを見上げて、しきりに首をふって感心していました。
「大利根博士、お茶をめしあがれ」
ミチ子が水兵さんに代って、紅茶をすすめました。
「やあ――」と博士は目をまるくして、「おや、このごろは軍艦では、女の給仕をつかうようになったんですか。あっはっはっ」
ミチ子は、顔をあかくしました。
7
大利根博士は、竿竹《さおだけ》のようにほそい体をいろいろに曲げては、飴細工のように曲ったり溶けたりしている軍艦淡路の艦体をいちいちていねいに見てまわりました。
博士は感心するたびに、つよい近眼鏡のおくに眼玉をひからせたり、ぼうぼうひげをぴくりと動かしたりしました。
「塩田さん、だいたいよく見まわりました。一番おもしろいのは、この通風筒ですよ」
といって、博士はそばにたっている通風筒を振返りました。この通風筒というのは、煙管《キセル》の雁首《がんくび》の化物みたいな、風をとおす大きな筒です。それは鉄板でできていましたが、それがまるで大風にふきとばされたようにひん曲り、しかもその上にいくつもぶつぶつと大小の穴があいているのでありました。
「塩田さん、この通風筒をすこしばかり貰《もら》ってゆきますよ。もってかえって、よく研究してみなければならぬ」
そういうと、大利根博士は、白墨をポケットから出して、通風筒の穴のまわりに、丸印だとか三角印だとかをかきました。それから写真機を出して、その部分をいちいちていねいにうつしました。
それがすむと、博士はどこに隠しもっていたのかへんなかたちの鋏《はさみ》をとりだし、鉄でできた通風筒をまるでボール紙をきるかのように、ざくざくざくと切りとりました。
「まあ、よく切れる鋏だこと」
と、ミチ子は、そばからみていて、感心していいました。
すると大利根博士は急にふりかえって、怒ったような顔をしました。
「どうも女の子は、お喋りでいけない」
ミチ子は博士のじゃまをしたので怒られたのだなとおもい、べそをかきました。
すると、そのときミチ子のうしろから、大きな手がちかづいて、その頭をやさしくなでました。
ふりかえってみますと、それは塩田大尉の手でありました。
怪塔はどこ?
1
ミチ子は、軍艦淡路の上で、しきりに妙なことをやって研究をしている大利根博士を、たいへんこわい人だとおもいました。
しかし博士は、ミチ子がなにをおもおうと平気の平左《へいざ》で、なにかさかんに口のなかでぶつぶついいながら、艦内をあるきまわっていました。
検察隊長の塩田大尉は、博士の前にすすみよって、
「大利根博士、あなたはあの怪塔ロケットが、このようなひどいことをやったのち、どこへ行ってしまったとお考えですか」
博士は、ぎょろりと、近眼鏡のなかから眼をひからせ、
「うん、そのことなら、大体見当はついていますわい。やはり、どこか人気のないところでしょうな。海岸とか、山の中とか、そういうところですね」
「博士は、それをはっきり探しあてるにはどうすればよいとお考えで
前へ
次へ
全88ページ中17ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング