に動くのを感心しながら言いました。
「うん、これかね。これはわしの大得意な竹法螺《たけぼら》じゃ」
「竹法螺って、なにさあ」
「お前は竹法蝶を知らないのか。こいつはおどろいた。まあ見ているがいい」
 そう言ってお爺さんは、五十センチほどの長さに切った竹筒に、しきりと細工《さいく》をしていましたが、やがてにっこり笑い、
「さあ、竹法螺が出来たぞ。これならよく鳴りそうだ」
 と、竹法螺を唇にあて、はるかふもと、村の方をむきながら、ぷうっと大きな息をふきこみました。
 ぷーう、ぷーう、ぷーう、ぷーう。
 竹法螺は、大きな、そしていい音色でもって、朗々と鳴りだしました。その音は山々に木霊《こだま》し、うううーっと長く尾をひいてひびきわたりました。
「ああ、いい音だなあ」
 一彦少年は、傷のいたみをわすれて、お爺さんのふく竹法螺の音に聞きほれました。
 お爺さんは、いくたびもいくたびも竹に口をあて、頬《ほっ》ぺたをゴムまりのようにふくらませ、長い信号音をふきつづけていましたが、
「さあ、このくらいやれば、村の衆の耳に、この竹法螺の音がはいったろう」
「お爺さん、今の竹法螺を聞きつけて、村の人がこの山の中までのぼって来るのかい」
「そうさ。皆おどろいて、ここへのぼって来るよ。ああ言うふき方をすると、ちゃんと場所がわかるのさ」
「竹法螺をいろいろにふきわけて、ふもと村へ言葉を知らせられないの」
「ふきわけて言葉を知らせることができるかって。それは無理だ、息がつづかない」

     5

 炭やき爺さんは首をふって、竹法螺でもって、ふもと村へ言葉をおくるのには、とても息がつづかないと、ざんねんそうにいいましたので、これを聞いた一彦少年はちょっとがっかりいたしました。
 しかしながら、ふもと村からこの山の中まで、村人にえっさえっさとあがってきてもらい、また山をおりて、塩田大尉のところへ使にいってもらうのはどう考えても二重の手間だとおもいましたから、なにかほかに、いい通信のやりかたがあるまいかとおもい智恵袋をしぼってみました。
 そのとき、一彦の目にうつったものがありました。
 それは炭やき爺さんの、そこにつくってあった炭焼竈《すみやきかまど》でありました。
「うん、これはいいものが目にとまった」
 と一彦少年はおもわずひとりごとをいい、炭やき爺さんをよびました。
「いいものがあったよ。これならふもと村へ通信することなんか、わけなしだ」
「えっ、それはなんのことだね」
「あの炭焼竈のことさ。あれに火をつけると煙突から煙がむくむくでてくるだろう。そのとき風呂敷か板片かをもって屋根にのぼり、煙突から出る煙を、おさえたり放したりするのさ、それを早くくりかえせば、煙突から短い煙がきれぎれに出てくるだろう。またそれをゆっくりやれば、長い煙がきれぎれになって出てくるだろう。つまり煙でもって、短い符号と長い符号とをだすことができるから電信と同じように、モールス符号を出すことができるのさ。ふもと村に、モールス符号のわかる人がいればこっちでだしている煙のモールス符号を読んで、ははあ、あんなことを言っているなと分るだろう。ねえ、僕がモールス符号をつづるから、爺さんは屋根にのぼって、このとおり、炭焼竈からでる煙を短く、あるいは長く符号にして出してくれないか」
「ほほう、お前は子供のくせになかなか智恵がまわるわい」
 炭やき爺さんは感心いたしました。

     6

 煙をつかうモールス符号の通信!
 一彦少年は、えらいことを知っていました。しかしこれは一彦が考え出したことではなく、じつは大むかし、原住民がつかっていた通信のやりかたなのです。今ではもうわすれられたようになっていましたが、よく考えてみますと、このような人里はなれた山の中と、ふもと村とのあいだの通信にはたいへん便利なやりかたです。こんな風に、今はやらなくなっても、むかしのものには、なかなかいいものがあります。はやりすたりを気にしないで、むかしのものでも役にたついいものは、今もどんどんつかってやるのが、ほんとうにすぐれた人と申せましょう。
 一彦少年は、いつか本で読んでおぼえていた煙通信を、うまくいかして使ったのです。
 炭やき爺さんは、竈の屋根にのぼり、煙突のそばに立って、一彦が紙きれに書きつけた長短の符号をみながら、煙突に風呂敷をかぶせて、煙をとめたり出したり、大汗になってつづけました。その文句が、一彦が怪塔から逃げだして、ここにいるから助けに来いというのでありました。
 炭やき爺さんとしては、一彦のさしずでもって煙信号をつづけているのですが、内心では、これが果してふもと村に通じるかどうか、きっと自分の竹法螺の音は村人の耳にはいっても、一彦がいま自分にゆだねたこの長ったらしい通信文は、とてもふもと村に
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