殊《こと》にここは、隣家というものもないふかい海底に、横だおしになっている怪塔ロケットの中です。鬼気はひしひしと迫り、毛孔は粟《あわ》のつぶのようにたちます。
「なあに、そんなおどかし文句に、誰がのるものか」
 と帆村は、ふりはらうように言いかえしました。
「それなら、マスクをはやく。――」
 と怪塔王は、せきたてます。
 帆村は、ついに変な気持にとらわれながら、なにほどのことがあろうかと気をふるいおこし、両手を怪塔王の首のうしろにまわして、風呂敷の結び目をときにかかりました。そのとき、さすがの帆村も、この覆面の下の怪塔王の顔を見るのをおそろしく感じたものか、怪塔王の首のうしろにまわした両手が思わずぶるぶるとふるえました。
 怪塔王は、そうなるのを、さっきから熱心に待っていたようです。
「やっ!」
 大喝一声《だいかついっせい》、怪塔王の膝頭《ひざがしら》は、帆村の下腹をひどいいきおいでつきあげました。腹の皮がやぶれたろうと思ったくらいです。何条《なんじょう》もってたまりましょう。
「う、ううん。――」
 苦しそうなうめき声とともに、帆村の体は棒のようになってたおれました。

     6

 怪塔王の覆面をとるのにすっかり気をとられていて、怪塔王の足がとんで来るのを用心しそこなったのです。
 名探偵として、たいへんはずかしいことだと、帆村はのちのちまでそれをくやしがっていましたが、なにしろ大問題の怪塔王の覆面の下から、本当の顔があらわれようという息づまるような場合だったものですから、ごんな失敗をしたのです。
「う、ふふふふ、ざまを見ろ」
 怪塔王は、さきほどのおろおろ声もどこへやら、またいつものにくにくしい怪塔王のしゃがれ声にかえって、床の上にたおれている帆村を見下しました。
「……」
 帆村は、うなり声さえ立てないで、床の上にまるで死人のようによこたわっていました。さあたいへん。帆村の息はそのままたえはててしまうのではないでしょうか。
「う、ふふふふ。口ほどにもないやつだ。しかし間もなく息をふきかえすだろうから、そうだ、いまのうちに大切なマスクをかぶっておこう」
 と、怪塔王は、あわてて床の上にしゃがむと、帆村の手から例の汐ふきの顔をしたマスクをひったくりました。そしてそのマスクを目の前にさしあげ、さも感心したという風に、
「ふうん、実にうまく出来ているマスク
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