だした。はて何事が起こったのであろうか。


   怪獣《かいじゅう》南京《ナンキン》ねずみ


 どんな大事件が起こったのであろうか。このときばかりは、テッド隊長も青くなったし、帆村荘六さえ、まっさおになってしまった。
(しまった。さっきサミユル博士との秘密の会話が、怪星ガンの支配者に聞かれてしまったのかな。やっぱり目に見えない密偵がわれわれをいつも番していたんだな。秘密の話なんかして、よくなかった)
 ポオ助教授は、きょとんとしている。ケネデー軍曹は、服の中にしのばせたピストルへ手をのばした。三根夫少年は、どうしていたか。
 かれは椅子からさっとすべりおりると、ハイロがわめきさけんでいる奥へかけこんだ。
 すると、こんどは、またいっそうハイロのさけび声がはげしくなった。そして家具ががたんとたおれ、食器ががらがらとこわれるたいへんな物音がした。
「た、助けてくれ、助けてくれ」警報にまじって、ハイロのいまにも死にもうな叫び声がつづく。
「これはたいへんだ」テッド隊長は、ケネデー軍曹に目くばせをすると椅子から立ちあがって、三根夫のあとを追おうとした。
「お待ち、テッド君。ここが重大なときだ、かるはずみしてはいけない。動いてはならない」
 サミユル先生が、ふたりをとめた。
「ですが、先生。奥のほうに何か騒動が起こっているに、ちがいありませんもの」
「いいや、ほっておきなさい。よけいなおせっかいをすると、ガン人はよろこばないのだ。われわれは捕虜《ほりょ》なんだから、ひかえていなくてはならない」
「しかし、先生。あのとおり死にそうな声をだしている。それに三根夫君もとびこんでしまった。少年を見殺しにできません。助けてやりたい」
 テッド隊長は、居ても立ってもいられない思いに見えた。
「隊長。わたしがかわりにいってきますから、おまかせください」
「ああ、帆村君、きみがいくって……」
「たいしたことじゃないと思います。この一件でしょう」帆村は、卓上を指した。それは三根夫の席があるところの卓上だ。そこに小さい虫かごのようなものが一つおいてあった。
「なんだい、これは……」
「この籠の中にいたものが、騒動をひきおこしたんでしょう。サミユル先生。この国には人間以外の動物は、たくさんいますか」
「あまりいないねえ」
「ねずみなんか、どうですか」
「ねずみ。ああ、ねずみか。ねずみは見かけないね」
「それでわかりました。隊長、三根夫君がこの籠にいれて飼っていた白い南京《ナンキン》ねずみが、この中からにげだして、奥へとびこんで、ハイロをおどろかしたのだろうと思いますよ」
「まさか。そんなかわいい小ねずみにおどろくようなことはないだろうに」
 だが、それはほんとのことだった。帆村が奥へいってみると、料理場にちがいない部屋で、三根夫がはらばいになって、一ぴきの南京ねずみを一生けんめいに追いまわしていた。
 その小ねずみが、つつーと走るたびに棚の上から食器やなんかが、がらがらとおちたり、カーテンがベリベリと破れて、床の上へ大きなものが落ちたような物音がしたり、それからまたひとりで箒《ほうき》が宙をとんだりした。
 これらのふしぎな現象は、みんなハイロがにげまわって、さわいで起こすところのものであった。
「ハイロ君。こわがらなくていいよ。その小さい白い動物は、わたしたち地球の世界では、一番かわいがられる動物なんだ。一番おとなしくて、かしこいのだ。きみはすこしもおそれることはない」
 帆村が落ちついた声で室内の見えぬ姿へ話しかけた。
 その効果はあった。ハイロの声がいった。
「ほんとに大丈夫ですか。わたしに危害をくわえるようなことはありませんか。魔ものではないのですね」
「そうだとも。いまもいったように、地球の世界では、みんなにかわいがられている一番おとなしくて、かしこい動物なんだ。ナンキンねずみというのだよ。三根夫が飼っていたのだ。それがさっき籠からにげだしたのだ。見ていたまえ。三根夫があの南京ねずみをつかまえたら、きみのために、いろいろとおもしろい芸当をあの南京ねずみにさせて見せてくれるだろう。そのときは腹をかかえて大笑いをしたまえ」
「そうですか。ほんとですか」ハイロの声は、安心のひびきを持っていた。


   宇宙戦争の心配


 テッド博士一行は、そこをひきあげることにして、サミユル先生にあいさつをのべた。
「では先生、またお目にかかりましょう。一度わたしの艇までおいでを願いたいと思いますが、いかがでしょう」
「ありがとう。それは相談をしたうえのことにしましょう」
「誰に相談なさるのですか」
「そりゃきみ、わかっているだろう」サミユル老師《ろうし》は悲しい目つきをした。
 そこでテッド博士は、心ひそかに思った。
(なるほど。この怪星ガンの国は、われわれにとって極楽世界のように見えるが、よろこんでばかりもいられないんだな。先生はなにかもっと重大なことを知っていられて、わたしに話したいと思っているんだが、それが話せないらしい。よろしいそれではわれわれの手で、怪星ガンの秘密を一日もはやく探しあててやりましょう。先生、もうしばらくしんぼうしてください)
 テッド博士は老師にたいして、心の中でそういった。
 いよいよ別れの握手をしたあとで、博士はもう一言いった。
「先生のひきいていられる『宇宙の女王《クィーン》』号をぜひ見せていただきたいものですね。あすあたりいかがでしょう」
「ざんねんながら『宇宙の女王』号をきみに見せるわけにいかない。あれはもう、この国へ寄附してしまったのだ」
「寄附ですって。それはおしいことをしましたね。それでは先生や隊員たちは、地球へもどるにも乗り物がないではありませんか」
「そうだ。わしはふたたび地球へかえるつもりはない」
「えッ。それはまたどうして……」
「わしは、この国でずっとながく暮らすつもりだ。きみたちもそのつもりでいたほうがいいと思うね」
「いや、わたしどもは、どうしても地球へもどります。それに、このようなふしぎな怪星ガンの国を見た上からは、一日も早く地球へもどって、全世界の人々に報告をしてやるのです。そしてそれは同時に警告でもあります。地球の人々は、宇宙で人間がもっともすぐれた生物だと思って慢心していますからね。それにたいして一日でも一時間でもはやく、怪星ガンの存在することを警告してやるひつようがあります」
「待ちたまえ。きみの考えはむりではない、しかしきみはまだこのガン人の国について、ほんのすこし知っているだけだ。そんなことでは、ガン人の国の真相を地球へ伝えることはできないではないか」
「それはそうですが……」
「まちがったことを知らせたりすると、誤解が起こって、かえって大事件をひきおこすことがある。宇宙戦争なんかは、どんなことがあっても起こしてはならないからねえ」
 サミユル先生は、熱心を面《おもて》にあらわしていった。
「でも、このような警告は一分でも一秒でもはやくなくてはなりません。地球人類が、もし不意をつかれるようなことがあっては、負けですからね」
「ほう。きみはもう、怪星ガンと地球とのあいだに宇宙戦争が起こるものと考えているのかね」
「はい。考えています。たしかにその危険があります。困ったことですが、どうにもなりません。やくそくされた運命というのでしょう」
「いや、わしはそうは思わない。きみはもっと考えなおすべきだ。そしてガン人というものをもっと深く理解しなくてはならぬ」
「もしもし、そんな話は、もうそのくらいにして、やめたがいいでしょう。テッド博士たち、もうおかえりなさい」
 とつぜん頭の上で、われ鐘のような声がした。
「あッ。きみは誰?」
「ガンマ和尚《おしょう》ですわい」
「おお、ガンマ和尚」テッド博士は、しまったと思った。しかし声だけのガンマ和尚は、別に怒っているようにも思われず、おなじ調子の声で、
「くよくよしないで、街でたのしいものを見つけることですよ。つまらない話はしないのがいい。あすは、あなたたち全員を、わたしたちが招待して、たのしい歓迎会をひらきます。そのことを帰ったらみなさんに知らせてください」
「わたしたちのために、そんな会を開いてくださるのですか」
「あなたがたがその会にでれば、わたしたちの気持ももっとはっきりわかってくれるでしょう。さあさあ、にこにこ笑って、ここをおひきあげなさい」


   大食堂の異風景


 その翌日の大歓迎会は、まったくすばらしいものであった。また珍妙なものでもあった。
 テッド隊長以下三百名にちかい隊員全部が、この町の大宴会場キング・オブ・スターズに招待せられたのである。その招待の正式のあいさつは、いつどこから忍びこんできたのかわからないが、姿は見えぬながら声だけのガンマ和尚《おしょう》から、九台の宇宙艇内へ手おちなく伝えられた。
「へえーッ、おれたちを招待するというぜ。なにをたべさせるのかな。気持がわるいね」
「なあに、その心配はないさ。怪星ガンは大きな世帯らしいから、まさかわれわれの口にあわない彗星料理や星雲ビールなんかをだすことはないと思う」
「なんだい、その彗星料理だとか星雲ビールというのは。いったいどんなものか」
「さあ。どんなものかおれもしらないが、おまえは、そのへんてこなものがでるか心配していると思って、ちょっといってみたのだ」
「ははは。なにをでたら目をいうか」
 一同がなによりも喜んだのは、艇をでて、外を足で歩けるということだった。まったくながい間せまい艇内にこもってばかりいて、あきもあいたし、足がつかえてしまった感じだ。とてろがいま招待によって艇をでて、外をてくてく歩くことができるなんて、こんなうれしいことはなかった。それは招待日の当日は病人がひとりもなくなったことによっても知れる。
 そのまえに、三根夫少年はみんなから引《ひ》っ張《ぱ》り凧《だこ》だった。三根夫が一日はやく怪星ガンの町を見てきているので、町のようすについて三根夫はくわしく答えることができた。
「いろいろなものを売っているんだよ。たべものやのみものや服のない者は、ただで買えるんだ。そうでないものは金をださないと買えない。それからね、ガン人はたくさん歩いているらしいんだが、ぼくらの目にはまったく見えないんだ。これには面くらうよ。それからガン人たちはぼくらより高等な人間らしいところもあるけれど、地球の上のことをじゅうぶんに知っていないらしい。だから、ぼくの持っていた南京鼠《ナンキンねずみ》をガン人が見て非常警報をだしたくらいだ」
「へえーッ、あきれたもんだね。うわッはッはッ」
「はやく町へいってみたいなあ。出発はまだかしらん」
 出発命令がでて、一同はぞろぞろと艇を出、横にのびた橋を渡り、れいの光る高い塔をおりていった。そして町へはいった。
 みんなは、小学生の遠足のようにはしゃいでいた。歩くことだけでじゅうぶんうれしいところへもってきて、うつくしい商店のならぶ町を見、ただで手にはいるというおいしそうな果物や菓子をながめ、まったく夢のなかにいる感じだった。
 大宴会場キング・オブ・スターズは、すぐ目のまえに高くそびえて、昼間だというのに、七色のうつくしい光りの束《たば》でかざられ、テッド博士以下を歓迎するという光りの文字がつづられては消え、消えては綴《つづ》られた。会場へはいっていくと、たえず頭のうえに案内人の声がして、一同は席につくまで、すこしもまごつくことがなかった。その大食堂というのが、これまた変っていて国技館のように円形になって卓がならび、そして外側は高く、内側へいくほど低くなっていた。
 どこで調べたものか、隊員たちの名まえがはっきりと席の上にカードにしるしておいてあった。そこで席についてみるとふしぎなことがわかった。隊員たちは一つの空席をおいてとなり合って席をとるようになっていた。
「みょうなことをしたもんだね。間に一つずつ空席があるじゃないか。そっちへ席をうつして、きみのとなりへすわることにするよ」そういって隊員のひとりが、じぶんの席をたたいて、友だ
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