ジョンを通じて特約報道としてアメリカはもちろん全世界にまき散らすんだ。――もちろんきみは引きうけてくれるね」
「その他に条件はあるのかね」
「ない。それよりはきみのほうの条件を聞かしてくれ」
「条件は別にないよ――おッと、ちょっと待ってくれ、カークハム君」
 帆村は送話口《そうわぐち》でしゃべるのをちょっと中止して、横へ首をのばした。そこには三根夫がいて、しきりにじぶんの鼻を指さしていた。
「ゆきたいのか。……ふーん。しかしひどい目にあって泣きだしても知らないよ。大丈夫か。きっとだね」
 帆村は小声の早口で甥《おい》とはなしてから、ふたたび映写幕のなかのカークハム氏と向きあった。
「条件はただ一つ。ぼくの甥の矢木三根夫という少年をぼくの助手として連れていくこと。いいだろうか」
「オーケー。では契約したよ」
 カークハム氏はにっこり笑った。
「救援艇の出発一時間まえまでに、社へぼくをたずねてきてくれたまえ。それまでにこっちはいっさいの準備と手続きをしておく」


   三根夫の買物


 えらいことになった。
 きゅうに話がきまって、アメリカへ飛ぶことになった。――いや、アメリカどころか、何千万キロ先のひろびろとした宇宙のまっ只中《ただなか》めがけて旅立つのだ。
 帆村荘六は、三根夫に、あと三時間の自由行動をゆるした。そして本日十三時に東京発の成層圏航空株式会社の『真珠姫《しんじゅひめ》』号に乗りこんでニューヨークへたつこととなった。それに乗れば目的地へ五時間でつく。
 三根夫は、すっかりうれしくなり、顔をまっ赤にほてらせたまま、往来《おうらい》へとびだした。この三時間に、かれは宇宙旅行の準備をととのえるつもりだった。必要だと思ういろいろな品物を買いそろえなくてはならない。
 それから、いとまごいをしておきたい先生や友だちも四、五人あったが、それを全部まわる時間はないかもしれない。テレビ電話をかけて、それでまにあわせることにするか。
 いとまごいをするのは、それだけだ。三根夫には両親も兄弟もない。兄弟は、はじめからない。両親は、はやくに亡《な》くなった。だから、一番近いみよりといえば、帆村伯父だけであった。
「さあ、なにを買って、持っていこうかなあ」
 三根夫は商店街を歩きまわった。そしてぜひ必要だと思うものを買い歩いた。
 たとえばかれは十冊ぞろいの名作小説文庫を買った。また愛曲集と画集を買った。それから工学講義録二十四冊ぞろいも買った。これらは艇内にとじこめられて、たいくつな永い旅行をつづけるあいだに、たのしんだり、勉強をするためだった。
 受信機や万年筆や手帳やトランプやピンポン用具などは、買いかけたが、やめにした。こんなものは艇内にそなえつけてあるだろう。
 薬品を買うひつようはないであろう。
 服装に関するものもないだろう。靴なんかのはきものもいらないであろう。艇内には、そういうものを作ってくれる裁縫師《さいほうし》や靴屋さんがいるであろうから。
 だんだん考えていくと、ぜひ買っていかねばならぬ品物があまりないことに気がついた。
 もう家へかえろうかなと思った三根夫は、最後に、とうぶん銀座街ともお別れだと思い、そこを歩いた。
 昔ながらの露店《ろてん》が、いろいろなこまかいものをならべて、にぎやかに店をひらいていた。それをいちいちのぞきこんでゆくうちに、三根夫は、ある店に、小さな娘の人形が、オルゴールのはいった小箱のうえで、オルゴールの奏楽《そうがく》とともにおもしろくおどる玩具《おもちゃ》を、一つ買った。かれはオルゴール音楽がたいへん好きだったのである。
 それからしばらくいった先の店で、かれは一ちょうの丈夫なパチンコを買った。さらにその先の店で、硝子《ガラス》のはまった木箱のなかで、じぶんの身体よりもずっと大きい車をくるくるまわしつづけるかわいい白鼠《しろねずみ》を買った。それは三つの車がついている一番いい白鼠の小屋に、白鼠を七ひきつけて買った。
 オルゴール人形、パチンコ、車廻しの白鼠の小屋――なんだかあまりひつようのように見えないへんな買物であるが、とにかくときのはずみで三根夫はそれを買ってしまったのである。いわば、よけいなフロクの買物であった。
 しかしこのフロクの買物が、やがて三根夫にとって、思いがけないたいへんな役目をつとめてくれることになろうとは、さすがに気がつかなかった。
 三根夫がかえってみると、伯父の帆村はやっぱり寝衣《ねまき》のうえにガウンをひっかけたまま、暗号器を廻しつづけていた。別になんの出発準備をすすめているようすもない。
 が、帆村は、三根夫がその部屋へはいっていったとき、
「やれやれ、間にあったぞ」
 ひとり言をいって、暗号器から一枚の紙をぬきだしてほっと一息つくと、その紙片《しへん》
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