ったのだ。本艇が持っているありとあらゆる爆発力をあつめて、あの天蓋にぶつけても、天蓋はけっして壊れないであろうという絶望的な計算がでたのである。
 みんなは、がっかりした。絶望的計算に全力をふるったポオ助教授は、もちろんがっかり組のひとりであったが、彼はとつぜん立ちあがると、絶望に血走《ちばし》った目をみんなのうえに走らせて、「みなさん。わたしの計算はぜったいにまちがっていない。しかし、物事がわたしの計算どおりに実現するかどうか、それはわからないのだ。運命というものがある。機会というものがある。そういうものは、わたしの計算の中には、はいっていないのですぞ」と叫んだ。
 帆村荘六が、やけに手をぱちぱちたたいた。それに釣りこまれたか、他の人たちも手をたたき、それからみんな顔をかがやかして、大きな声で笑った。
 テッド隊長が立って、ポオ助教授とかたい握手をした。そして声を大きくして演説をした。
「おお、あなたは真の科学者である。あなたは我々を死の淵《ふち》からすくいだした。我々は最善をつくし、それから運命の命ずるところにしたがい、そしてもし絶好の機会がくればそれを必ずつかむことにしよう。前途に光明《こうみょう》は燃えているのだ。元気をだせ諸君」さて、このあとに何がくる。


   出航用意


「出航用意!」テッド隊長は、思い切った命令をだした。出航するといっても、本艇は自由がきかないのである。また、目指していくべきあてもないのである。天蓋は、堅牢《けんろう》である。本艇を繋留塔《けいりゅうとう》にむすびつけている繋索《けいさく》は、ものすごく丈夫である。いったい出航用意をしてどうするというのだ。テッド隊長は、気がちがったのではなかろうか。
 しかしテッド隊長は、気がちがっているのではなかった。かれは、じぶんだけで、一つの夢を持っていた。ぜっこうのチャンスの夢であった。まんいちその夢がほんとうになるならば、そのときは本艇はいつでも出航できるように準備ができていなくてはならないのだ。
 さもなければ、あたらぜっこうのチャンスをとりにがしてしまうであろう。が、その夢が現実になる公算は、ほんとに万に一つの機会であった。いや、万に一つどころか、億に一つかも知れない。常識で考えると、いまは本艇やその乗組員の運命は絶望の状態にあるとしか思えないのであった。
 それにもかかわらず、テッド隊長は、『出航用意』を命令したのであった。
 乗組員たちは、この命令にせっして、目を丸くしない者はなかった。そして、それにつづいてかれらはこうふんのいろをあらわし、いつもとはちがって、年齢が五つも若返ったように元気づいた。
「うれしいね、出航用意だとさ」
「出航用意か。いつ聞いても、胸がおどるじゃないか。さあ、いこう」
「出航用意だぞ、出航用意だぞ」
 機関室は、火事場のようないそがしさだった。全員は、本当に出航する顔つきになって、小さいエンジン類からはじめて、だんだん大きなものを起動《きどう》していった。
 出航用意の命令は、本艇だけでなく、僚艇《りょうてい》八|隻《せき》にも伝達された。
 僚艇でも、みんな目を丸くし、そしてこうふんになげこまれ、それからみんないそがしく活動をはじめた。脱出不可能なことは、誰も知っていたが、なつかしい『出航用意』の号令は、なおかれらを立ちあがらせる力を持っていた。テッド隊長は、考えぬいたすえに、『宇宙の女王《クィーン》』号のサミユル博士に連絡をとることをめいじた。無電は、サミユル博士|邸《てい》を呼びだした。しかし、誰もでてこなかった。
 無電係が、それを報告してきたので、テッド隊長は、隊員ふたりをえらんで、博士邸へ走らせることにした。ロナルドとスミスとが、えらばれた。どっちも元気で、常識に富んだ隊員だった。ふたりは、この危険な使いに立つことをおそれげもなく引きうけ、そしてとなりの家へゆくほどの気軽さででかけた。もちろんふたりは、携帯《けいたい》無電機を背負って、ひつようなときに、すぐ本艇と連絡がとれるよう、用意をおこたらなかった。ふたりが出発したあとで、テッド隊長からこの話を聞いた帆村荘六は、
「あ、それなら、『宇宙の女王』号へ無電連絡をとってみてはどうでしょう」といった。
「あそこは、無電連絡がきかないのだ。そのことはきみも知っているはずだが……」
 と、隊長はいった。そのとおり『宇宙の女王』号は、本艇よりもずっときびしい取締りをガン人からうけていた。あとでわかったことだが、ガン人は、はじめ『宇宙の女王』号を手に入れると、たいへんめずらしがって、その構造の研究と、そして地球人類の能力の研究のために、『宇宙の女王』号のなかは、いつも大ぜいのガン人の学者たちでごったがえしていたのだ。そして乗組員たちは、艇から外へでることを許され
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