。どうしたんだ。ぼくだということがわからんのか。落ちつかなくちゃいけない……」
と、帆村が三根夫をなだめにかかるのを、三根夫は耳にもいれず、両手をふりあげて突進してきた。
しかし三根夫は帆村にとびかかりはしなかった。帆村のうしろにまわった。そこには一ぴきの怪物が、かくれていた。ひそかに帆村のあとについて、この部屋へはいってきたのである。その顔は、さっき天井の換気穴から下をのぞいたとおなじようなふしぎな面《つら》がまえをしていた。背は帆村よりもずっと低く、三根夫ぐらいであるが、その身体は、三根夫がはじめてお目にかかる異様なものであった。大きな赤い顔の下には、枕ぐらいの小さい胴がついていた。それが胴であることに気がつかないと、この怪物は顔の下に、すぐ脚が生えているように見えたことであろう。
とにかくその小さくて短かい胴の下には、細いぐにゃぐにゃした脚が三本、垂直に立って床を踏みつけていた。脚の先には、足首と見えて、魚のひれのように、三角形になった扁平《へんぺい》なものがついていた。脚の二本は、前方左右に並んでおり、もう一本の脚は、うしろにあった。つまりカンガルーの尻尾とおなじところについていた。
腕も左右に二本ずつあった。つまり合計すると四本である。
そのうちの二本は、左へ一本、右へ一本とでて、そうとう太い腕に見えたが、これがまた鞭《むち》のようにぐにゃぐにゃしていて、たいへん長くのびていて、伸ばせば床にとどくのではないかと思われた。この太い腕が、れいの小さい胴中からでているところは、肩のような形をしていた。その肩のうしろにあたるところで、首のほうへよったあたりから、左右へ一本ずつの、細い腕がでていて、これはずっとぐにゃぐにゃしており、肩の上のところで、なまずのひげのように、宙におどっていた。それは腕というよりも、触手《しょくしゅ》というほうがてきとうかもしれない。
とにかくその四本の腕の先は、細くさけて、五本ばかりの長い指になっている。
このような怪物が、帆村のうしろについてこの部屋へはいってきたのである。だから三根夫のおどろいたのもむりではない。
「さっさとでていってもらおう」
三根夫は、気味がわるかったが、その怪物につかみかかると、それを外へ追いだした。そして扉をばたんとしめた。三根夫の手に、怪物の奇妙な肌ざわりが残った。それは、いやにつるつるしているくせに、すうーッと吸いつけるような肌ざわりのものであった。
扉に鍵をかけて、三根夫は、ほっと息をついた。
「かわいそうに。いつから気がちがったんだろう。これはたいへんなことになった」
と、帆村は、壁のところへ身を引いて、目を丸くして三根夫をながめた。
「はははは。はははは」
三根夫は、おかしくてたまらず、大きな声で笑った。帆村には、あの怪物の姿が見えないのだ。だから三根夫のすることが、さっぱりわけがわからず、三根夫は頭が変になったのだと思ったのだ。そのやさきに、三根夫が大きな声をあげたもんだから、いよいよ三根夫は頭が変になったにちがいないと思い、沈痛な面持になり、大きなため息をついた。
帆村がすべてを知るまでには、それからしばらく時間がかかった。それと、三根夫のくどくどと説明のくりかえしがひつようであった。変調眼鏡を見せられて、帆村はやっとすべてを了解したのであった。それがなければ、帆村はその後もながい間、三根夫のことを変だと思っていたろう。
「やあ、安心したよ。ぼくは、絶壁の上へつきやられたような気がしていたよ。そうか、そうか。これを手に入れたとは、三根クンの一番大きいお手柄だ。ふーン南京《ナンキン》ねずみが、そんなに高く売れたとは、おもしろい」
三根夫の頭が変になったのでなかったことが、よほどうれしかったと見え、帆村のひとりしゃべりはしばらくやまなかった。
秘密の指令
三根夫がはるばる地球から持ってきて、これまで飼いつづけた南京《ナンキン》ねずみは、このようにお手柄をたてた。そして、それはお手柄のたてはじめであったともいえる。というわけは、それからも南京ねずみはたいへんよく売れた。みんなハイロが買いとっていくのだった。売り手も、もちろん三根夫ひとりであった。
その南京ねずみも、はじめとはちがって、だんだんに、いいおそえものがつくようになった。それはかわいい南京ねずみの家であった。赤や青や黄のペンキで塗られ、塔のような形をしたものもあれば、農家そっくりのものもあった。それから南京ねずみのくるくるとまわす車も、だんだんきれいな模様がつくようになった。ハイロのよろこんだことはいうまでもない。かれはそれを、いままでの分よりももっと高価に、ガン人たちへ又売りをすることができるのであったから。
このだんだん手のこんできた美しいおそえものは、
前へ
次へ
全60ページ中41ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング