くわたしどもの希望しますのは、みなさんは長途《ちょうと》のお疲れもあることとて、すべての心配と危惧《きぐ》をすててとうぶんはゆっくりとお好きなものをたべ、お気にいったところを散歩して、健康を回復していただきましょう。そのうえで、わたしたちはさらに新しいことをお話いたすでありましょう。とにかく、みなさんの生命はぜったいに安全なのでありますから、安心していただきます」
「なぜ、わしらを大切に扱ってくれるのかね。あとで請求書がくるんだろう。こわいね」
「あははは。なかなかきびしいおことばです。そうです。みなさんがじゅうぶんに元気になられたら、わたしどもはみなさんがたに、ぜひ相談にのっていただきたいことがあるのです。それはなんであるか。ただいまは申しません」
「やっぱり、そうだったか。丸々と太ってから、おまえの肉をたべさせろというのだろう」
「トミー。酔っていても、ことばをつつしみたまえ」テッド隊長が聞きかねて注意をした。かれもじつは、さっきからトミーとガンマ和尚の対話に熱心に耳をかたむけていたのだ。
「ああ、いいですとも。わしは何も気にしていませんから。さあさあ、みなさんどうぞ盃《さかずき》をおあげください。テッド隊員[#「テッド隊員」はママ]のご健康を祝します」それがきっかけで、宴会はまたもとのように大にぎやかになっていった。とにかくこの宴会は大成功のうちに幕をとじた。
 その日いらい、隊員たちは誰も彼も元気をくわえたようだ。自由に散歩ができ、無料で飲んだり食べたりでき、音楽を聞いたり、ダンスを楽しむこともできた。
 三根夫少年も、毎日のように町を散歩した。いつでも帆村といっしょに歩くことにしていたが、その日は帆村がテッド博士からよばれて、艇内で会議に列席するため外出ができないので、三根夫ひとりが町へでた。
「もしもし、三根夫さま」かれはうしろから呼ばれた。
 誰だろうと思ってふりかえったが、誰もいない。しかしかれはもうこの頃は勘《かん》ができて、姿は見えなくても、そこにはぜんぜん誰もいないのか、ガン人がそこにいるのかを感じわけることができるようになっていた。
「ああ、そうか。きみはハイロ君ですね。サミユル博士のところにいるハイロ君でしょう」
「はっはっはっ。そうですよ。あなたのおいでを待っていたのです」
「どうかしましたか」
「じつは、わたしはおり入ってあなたにおねだりしたいものがあるんです。さっそく申しますが、先日お持ちになっていた白い小さい、目の赤いねずみですな、あれをわたしにゆずっていただけないでしょうか。お待ちください。あのようなめずらしい貴重な生物をば、ただでくださいとは申しません。それと交換に、あなたの欲しいと思っているものをさしあげます」
「ふーむ、あの南京《ナンキン》ねずみをねえ」
「あなたが大事にしていらっしゃるものであることは知っています。しかしこの国には、あんなめずらしい生物はいないのです。ぜひともどうぞ、かなえてくださいまし」
 三根夫としては、あんな南京ねずみなんでもなかった。いま百五十ぴきぐらいいるから、一ぴきや二ひきやるのはなんでもない。しかし、待てよ、ここが考えどころだ。
「ハイロ君、もしきみがほしいのなら、ぼくが目にかけて、きみたちの姿や顔が見える特殊の眼鏡《めがね》かなんかゆずってくれたまえ。それならあれをあげる」
「ははあ、そういう眼鏡ですか」
「ないのかね」
「いや、あることはあるのですが……」とハイロは困っていたが、やがて決心したように、
「よろしい、あす持ってきます。ねずみと引きかえにおわたしします」
 三根夫はそれを聞いて、鬼の首をとったようなよろこびを感じた。
 この南京ねずみと、変調眼鏡の交換は約束どおりに行なわれた。ハイロは籠にはいった南京ねずみを見てよろこびの声をあげたが、
「三根夫さま。この変調眼鏡をさしあげることはさしあげましたが、あなたさまだけでごらんくださいまし。もしそうでないと、わたしはひどい罰をうけなければなりません。どうぞぜったいに秘密に願います」
 そういってハイロは三根夫に一つの箱をわたした。
 三根夫はその箱をもって艇へかえると、じぶんの部屋にはいって、その箱をあけて見た。なるほどへんな形をした双眼鏡式のものがあらわれた。三根夫は、えびすさまのような顔になった。そしてさっそくその『変調眼鏡』をかけてみた。さて、いったい何が見えたろうか。


   奇妙なお面


 三根夫は、どきどき鳴る胸をおさえて変調眼鏡をかけてみた。
 まず、じぶんの部屋をぐるっと見まわした。
「よく見える。しかし、おなじことだ」
 眼鏡をかけても、かけないでも、じぶんの部屋のようすは、かわりがないようであった。バンドのついた椅子。有機ガラスをはめてある格子《こうし》形の戸棚。テレビジ
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