に提供されます」
「衣食住にかんするすべてのものですって。それはうらやましいことだなあ。しかしぼくは市民ではありませんよ」
「いいえ、市民です。この町にいる者は、みんな市民です」
「もう一つおたずねしますが、あなたはどうして姿を見せないのですか」
 三根夫が、調子にのって重大な質問をしたとき、入口の戸があいて、帆村が顔をだした。
「三根クン。すぐこっちへでてきたまえ。サミユル博士がお待ちかねだ」
 三根夫は、おしいところでその店をでた。


   値段札《ねだんふだ》


 町は美しく、ならんでいる店はにぎやかに飾られているのに、人通りはまったく見えない。歩いているのは一行五名だけだ。そのように見えるけれど、帆村の推定によると、この町なり通りなりには、大ぜいの怪星ガン人が往来して、ざっとうをきわめているにちがいないという。
 帆村と三根夫は、あいかわらず一番うしろにならんで歩いていた。
「ねえ、帆村のおじさん。この町は、地球上のどの国よりも進歩したところですね。だって生活費がただなんだから、暮しに心配いりませんもの」
「生活費がただで、らくに暮らせるというところなら、地球のうえにだってあるよ」
 帆村がいがいなことをいった。
「あるものですか。日本はもちろんのこと、アメリカだってソ連だって、生活費はただではないですもの」
「それはそうだ。しかしじっさい生活費がただであるところは、地球上にすくなくない。れいをあげよう。熱帯の島々に住んでいる原地人たちのほとんど全部が、衣食住に金をかけていない。かれらの食物はタピオカやタロ芋やバナナやパパイヤや、それから魚などだ。それらは自然に島にたくさんなっている。酋長のゆるしさえあれば、かってにそれをたべることができる。着るものは木の葉や木の皮で身体の一部分をかくせばいい。もちろんこれはただで手にはいる。住む家は、いくらでも生えているびんろう樹などを切ってきて、その木を柱にし、葉をあんで柱の間にはりめぐらすと家ができる。すべて無料で手にはいる。どうだね、三根クン」
 帆村の話に、三根夫はうなった。なるほど未開地の原地人は、たしかに衣食住に金を払っていないようだ。原地人のほうが文明人よりも幸福といえるのだろうか。いやいや、どうもすこしちがうようだ。このことは、ゆっくり考えてみよう。
「衣食住のものは無料でも、ほかの品物はお金をださないと買えないんでしょうか」
「そういうものもあるらしいね。たとえば、ほら、あの店に並んでいる額《がく》にはいっている油絵。あれには値段をかいた札がつけてあるよ」
「あ、なるほど。三十五ドルと、値段がついていますね。地球の値段より高いですね」
「ほら、あのとなりには人形を売っている。あれにも値段の札がついている」
「ええ、ついていますね。これはおどろいた」
「三根クン。ぼくたちの目には見えない品物が店に並んでいるとは思わないか」
「えっ、なんですって」
 ふしぎなことを帆村がいったので、三根夫は目をぱちくり。
「たとえば、この店にだね、本がならんでいるが、それは店の棚の一部分だ。ほかの棚はがらあきだ。しかしはたしてがらあきなんだろうか。そこには、ぼくらの目には見えない本がぎっしりならんでいると考えてはどうだろうか」
「そうですね。そうも思われますね。本のならんでいるぐあいがへんてこですからね」
「もう一つ、きみは気がついていないか。店には、ぼくらには姿の見えない客が大ぜい、でたりはいったりしているということを」
「なんですって。姿の見えない客ですって」
「そうなんだ。その証拠《しょうこ》には、入口の扉を注意して見ていたまえ。ひとりでに、開いたり閉まったりしている。風もないのに、へんじゃないか。あれは、ぼくたちには見えないけれど、客がさかんにあそこから、でたりはいったりしているんだと解釈できやしないか」
「それは、りっぱな推理ですよ。きっと、それにちがいありません。なぜ、姿の見えない人間――人間でしょうか、とにかく、どうしてそんな姿の見えない者がたくさん動いているのでしょうか」
「それはかんたんにわかるじゃないか。この町の住民たちなんだ。つまり怪星ガン人だ」
「怪星ガン人? ああそうか。怪星ガン人は姿が見えないんですね。そういえば、あのなんとか和尚《おしょう》という人も、姿を見せなかった。みんなどうして姿が見えないんでしょうか。くらげみたいに、透明なんでしょうか」
 三根夫の頭のなかには、たくさんの疑問がわいてきて、とまらなかった。
「それは大きい謎だ、その謎がとけると怪星ガンの秘密もすっかり解けてしまうのだろう。ぼくたちは、これから推理の力をうんと働かせて、一分でもはやくその謎を解いてしまわなくてはならない」帆村の顔には、真剣な色がうかんでいた。


   五分間の機会
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