この説明には、帆村も苦笑した。そういう有力なる後援者とは知らなかった。その方面のことは、かれと仲よしのカークハム編集長も教えてくれなかったのだ。この重大なことをなぜ教えようとはしなかったか、ふしぎなことである。
そのとき帆村は、ふと気がついたことがあった。
「……名をかくし六百万ドルを寄附したということですが、それならば、なぜみなさんはそれがガスコ氏であることをご存じなのですか」
帆村は探偵だけに、どうもわけがわからないと思ったことは、わけのわかるまで探しもとめなければ気がすまないのだった。
「それはね、帆村君」とテッド博士が口を開いた。
「出発の日の朝になって、ガスコ氏は本隊へ電話をかけてきて、きょうはじぶんも気持がよいので、こっそり救援隊の出発を見送りにいく。しかし微行《びこう》なんだから、特別にわしをお客さまあつかいしてもらっては困る。それからあの匿名寄附者《とくめいきふしゃ》がわしであることは、今回救援に出発する少数の幹部にだけは打ちあけてくれてもよい――こういう電話なんだ。それで幹部だけは、あの匿名寄附家がガスコ氏であることを当時わたしから聞かされて知ったのだ。きみには知らせるわけにゆかなかったが、まあ悪く思うな」
「なるほど」
帆村はうなずいた。もっともな話である。帆村荘六は通信社から特にたのんだ便乗者《びんじょうしゃ》にすぎない。隊の幹部ではない。
「それで隊長は当日、ガスコ氏をこの艇内へ案内せられたのですか」
「ちょっとだけはね。氏はほんのわずかの間艇内を見たが、まもなくおりてゆかれた。わたしは氏を迎えたとき、氏が『挨拶《あいさつ》はよしましょう。ていちょうな取扱いもしないでください。近所のものずき男がやってきているくらいの扱い方でけっこうです。わしはすぐ失敬します』といった。氏はきょくりょく知られたくないようすで、スカーフを取ろうともしなかった」
「そこなんだが……」と帆村はまえへ乗りだしてきて、「どなたか、その時刻からのち、ガスコ邸《てい》へ電話をかけて、ガスコ氏と話をされたことがありましたか」
「さあ、どうかなあ」
帆村のだしぬけな質問に、隊長テッド博士はすこし面くらいながら、幹部たちの顔を見まわした。
「わたしはその後一度もガスコ氏に連絡しないのだが、諸君はどうか」
その答えは、あのとき以後誰もガスコ氏と話したり連絡した者がないと
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