虎船長はついに激怒してしまった。
 その当人、竹見太郎八は、悠々とノーマ号の甲板をぶらぶらと歩いている。事務長が、ノーマ号の高級船員を相手に、強硬に主張をつっぱっているには、一向おかまいなしで、むこうの水夫をつかまえて、手真似ではなしをしている。
「どうだい。これは胡瓜《きゅうり》の缶詰だ。ほら、ここに胡瓜のえが描いてあるだろう。欲しけりゃ、お前たちに呉れてやらねえこともないぜ、あははは」
 集ってきたノーマ号の水夫たちは、竹見の顔色をうかがいながら、ごくりと咽喉《のど》をならした。
「われわれは、その缶詰が欲しい。そのかわり、汝《なんじ》はなにをほっするか」
 と、むこうも手真似だ。
「そうだねえ――」
 と、竹見はいって、ポケットから煙草《たばこ》を一本だして口にくわえ、ぱっと燐寸《マッチ》をつけた。
 すると、ノーマ号の船員たちは、一せいに呀《あ》っとさけんで、真青になった。
 なぜ彼等は、青くなったのであろうか。


   煙草《たばこ》をなぜ嫌う?


 ノーマ号の船員の一人が、水夫竹見のそばへとびこんできたと思うと、いきなり手をのばして、竹見の口から、火のついた煙草をもぎとった。
「あれッ、らんぼうするな。おれに、煙草をすわせないつもりか」
 竹見は、ことばもはげしく、中国語でどなりつけた。そしてすばやくみがまえた。だが、彼の眼光は、どうしたわけか、てつのように冷たくすんで、相手の顔色をじっとうかがっていた。
「いのち知らずの、黄いろい猿め! とんでもない野郎だ!」
 そういったのは、ノーマ号の船員だ。
 彼は、竹見からもぎとった火のついた煙草を、大口あいて、ぱくりと口中《こうちゅう》へ! まるで、はなしにある煙草ずきの蛙のように。
「おや、この煙草どろぼうめ。おれには、煙草をすわせないで、ひったくって食べっちまうとは、呆《あき》れたやつだ」
 水夫竹見が、一本うちこむ。
 が、このときはやく、かのときおそく、かの碧眼《へきがん》の船員は、ぷっと煙草をはきだし、
「あ、あつい!」
 と叫ぶ。そして甲板《かんぱん》へぺたりと落ちた煙草を、足下に踏みにじった。もちろんこのとき、煙草の火はきえていたけれど、
「あははは、ざま見ろ。火のついた煙草を喰って、やけどをしたんだろう。ふふふふ、いい気味だ」
 竹見は、へらず口をたたいて大いに、わらった。
 だが相手
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