あっては、わが駆逐艦もだまっているわけにはいかない。副砲は、一せいに怪船の方にむけられた。撃ち方はじめの号令が下れば、貨物船はたちまち蜂のすのようになって、撃沈せられるであろう。雨か風か、わが乗組員は唇をきッとむすんで、怪船から眼をはなさない。
それがきいたのか、怪船はにわかに速力をおとした。それとともに、甲板のものかげから、ねずみのように船員たちがかおを出しては、また引っこめる。
岸《きし》少尉を指揮官とする臨検隊《りんけんたい》が、ボートにうちのって、怪貨物船に近づいていった。むこうの方でも、もう観念したものと見え、舷側《げんそく》から一本の繋梯子《けいはしご》がつり下げられた。わがボートはたくみにその下によった。
岸少尉を先頭に、臨検隊員は、怪船の甲板上におどりあがった。
「帝国海軍は、作戦上の必要により、ここに本船を臨検する」
中国語に堪能な岸隊長は、船員たちのかおをぐっとにらみつけながら、流暢《りゅうちょう》な言葉で、臨検の挨拶をのべた。
そのとき、甲板にぞろぞろ出て来た船員たちの中から、半裸の中国人が一人、前にでて、
「臨検はどうぞ御勝手に。その前に、船長がちょっと隊長さんにお目にかかりたいと申して、このむこうの公室《こうしつ》でまっています」
「なに、向うの室へ、船長がこいというのか。なかなか無礼なことをいうね。用があれば、そっちがここへ出《で》て来《こ》いといえ」
「はい、それがちょっと出られない事情がありまして、ぜひにまげて御足労をおねがいしろとのことです」
「出て来られない事情というのは何か。それをいえ」
岸隊長は、まるで母国語《ぼこくご》のように、中国語でべらべらいいまくる。
そのとき、かの半裸の中国人は、一歩前に出た。ひそかに岸隊長にはなしをするつもりだったらしいが、隊長の部下がどうしてこれを見おとそうか、剣つき銃をもって、隊長の前に白刄のふすまをきずいた。
「とまれ!」
もう一歩隊長の方へよってみろ、そのときは芋ざしだぞというはげしいいきおいだ。
「あッ、危ねえ!」
かの半裸の中国人は、飛鳥《ひちょう》のように後へとびさがったが、そのとき臨検隊の一同は、おやという表情で、その中国人のかおをみつめた。それも道理だ。その中国人が、“あッ、危ねえ!”と、きゅうにあざやかな日本語をしゃべったからである。
「やっ、貴様は何者!」
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