は死なないぞ!」
「これ、しずかにしろ」
「お、おれの死ぬときゃ、き、貴様たちも、地獄へ引《ひっ》ぱっていくんだ。は、うん、くるしい」
「まだ、喋《しゃべ》るか」
「だれが、き、貴様たちの計画どおりに――」
「だまれ!」
 鬼のような船長ノルマンは、足をあげて、ハルクの顔を、下からうんと力まかせに蹴上《けあ》げた。
 ハルクの顔からは、たらたらと赤い血がながれだした。
 二度目に蹴上げたとき、ハルクは、うんとうなって、その場に悶絶《もんぜつ》してしまった。
 彼等の秘密計画がばれるのを、ひどくおそれているからのこの暴行ではあったが、それにしても、面倒を見てやらなければならない部下にたいして、このひどい仕打は、船長ノルマン――いやノルスキーの脈管にながれている残虐性のあらわれであるとおもえた。


   友情


 船長ノルマンは、ハルクが、気をうしなってしずかになったのを見すますと、倉庫の出入口へ現れた。
「おい、この倉庫は、閉めるから、出る者は今のうちに皆出てこい」
 倉庫の中は、もうほとんど一杯だったので、皆は、他の倉庫へ、陸揚の貨物をはこんでいた。残っていたのは、後片附けと見張りのノーマ号の船員数名だけだった。
 船長ノルマンは、倉庫の入口を自《みずか》らぴたりととじると、大きな錠《じょう》をかけた。その鍵は、彼のポケットへ――。
「なにを、ぼんやりしとる。ぐずぐずしていると、もうすぐ夜明けになるじゃないか。はやくむこうへいって、手伝え」
 ノルマンに、口汚《くちぎたな》くしかられて、船員たちはあわてて、別の倉庫の方へかけ出していった。
 瀕死《ひんし》のハルクは、ただ一人、とうとうこの倉庫のおくに、とじこめられてしまった。まったく同情に値《あたい》することだった。このうえは、サイゴン警視庁の活動をまつよりほかないが、まだむこうでは、モロ警部の遭難さえ気がつかない様子だ。
 それから、小一時間ほどたってから後のことだった。巨人ハルクのとじこめられた倉庫の、通風窓《つうふうまど》にはめられてあった鉄格子《てつごうし》が、きいきいとおとをたてはじめた。
 きいきいという音は、しばらくすると、ぱたりと止み、それからまたしばらくすると、きいきいと高いおとを立てはじめる。窓からは、セメントが、ばらばらと下へおちる。誰か、通風窓の鉄格子を、ひき切っている者があるのだった。
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