消えたかナ!)
 と思ったが、しかし罐の火はいよいよ明るく燃えさかっているらしいことが、棺の蓋《ふた》の隙間から望見された。罐は盛んに燃えている。それだのに、棺の中にいるわが身は急に楽になったのだ。
 ポツーン。
 そのとき何か冷いものが、胸のあたりに落ちてきた。
「おや。――」
 と彼は叫んだ。その声のすむかすまないうちに、つづいてポツリポツリと冷いものが上から降って来た。
「ああ、水だ。――水が洩れてくる」
 彼の元気は瞬間のうちに回復した。気が落着いて来た。助かるらしい。八十助は両眼をグルグル廻して何物か見当るものはないかと探した。有った、有った。棺の隙間から見える真赤な火の幕、その火の幕すこし手前の、おそらく棺桶のすぐ外と思われるところに、空間を斜に硝子管が走っているのを認めた。そしてその硝子管の中には、小さい水泡を交ぜた透明な液体が、たいへんな勢いで流れているのだった。それは水に違いなかった。さっきポツンと胸の上に落ちて来た水と同じところから、供給されている水に違いなかった。
(ああ、なんたる不思議! 火葬炉の中に、冷水装置がある!)
 人体を焼こうとするところに、逆に冷やす仕掛けがあるというのは、何と奇妙なことではないか。このとき彼はゆくりなく、あの変な夢のことを思い出した。
「硝子の金魚鉢の水の中に、金魚が泳いでいて、――それで水の表面には火焔の幕があった。――ああ、あれだッ」
 火焔の天井を持った水中の金魚のように、いま彼の身体も、冷水装置でもってうまく火気から保護されているのだった。
「これア一体、俺をどうしようというのだッ」
 八十助は、あまりにも不審な謎をどう解いてよいかに苦しんだ。
 そのとき、ギギーッという物音が聞えはじめたと思うと、彼の横たわっている棺桶は、しずかに揺れながら、どうしたのか、下の方へ下りだした。


   棺桶は飛ぶ


 火葬炉の中で、不思議に焼けもせず、八十助の入っている棺桶は、しずしずと下へおり出した。
(これは?)
 と面喰っているうちに、棺桶は下へおりきったものと見え、ゴトンという音とともに動かなくなった。そのうちにゴロゴロという音が聞え、棺桶は横に滑り出した。トロッコのようなものに載せられて、引張りだされているという感じであった。これらはすべて、暗黒の中で取行われたが、そのうちにまた、仄明《ほのあか》るい光りが
前へ 次へ
全21ページ中14ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング