、千二の体をぎゅうぎゅうしめつけるのであった。そのうちに息が止りそうになった。
「ああっ!」
 もうだめだと思った。天狗岩の上で、変な怪物にしめ殺されてしまうんだと、覚悟しなければならなかった。そのとき千二の瞼の裏に、わが家に、彼の帰りを待っている父親千蔵の顔が、ぼうっと浮かんだ。
「あ、お父さん」
 すると、父親千蔵の顔が、にやりと笑って、
「おい千二。負けちゃならねえぞ。かまうことはない。そのけだものを、水の中にひきずりこめよ。お前の得意の水練で、相手をやっちまうんだな」
 と、千二をはげました。きっとそれは、人間が息たえだえになる時に、必ず見る幻であったと思うが、また同時に、孝心ぶかい千二に対し、神が助けの手をのべさせたもうたものと思われた。
「よし、負けるものか」
 千二は、勇気百倍した。そうして力いっぱい相手をつきとばした。
 だが、そんなことで離れるような相手ではない。
 ひゅう、ひゅう、ひゅう。
 かの怪物は、うなり出した。
「うぬ、この野郎!」
 千二は、もう必死だ。相手が離れないと見ると、そのままずるずると相手をひきずって、岩の先の方へ――。
 怪物は、驚いたか、また
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