見えるのは、十メートルほど下に淀んでいる黒い水面ばかりであった。しかし彼は、そのままの姿勢で、しばらくはこの黒い水面をじっと見つめていた。
 そのうちに、彼はとつぜん身近に、ひゅうひゅうという妙な音を聞いた。
 すわ!
 千二は、びっくりして、その場にぱっと身を起した。
 とつぜん耳にしたところの怪音。ひゅうひゅう、ひゅうひゅうと、鞭《むち》かなんかを振るような音だ。その音なら、さっきも、彼はたしかに自分の耳で聞いたのである。あのうす桃色の怪物体が、天狗岩のうえに下りて来たあの時に。
 ひゅうん。
 いきなり、千二の耳もとに、怪音が聞えた。
「あ、痛っ」
 何者かが、ふいに、千二の持っていた懐中電灯を叩きおとした。
「だ、誰だ」
 千二は、身近くに、誰かがいるなどとは、想像しなかった。だからそれだけに驚きはひどかった。――立直ろうとする時、又もや、
 ひゅうん。
 と唸りごえが聞えたかとおもうと、千二少年は背中を、どすんと強くなぐられた。
「ううむ」
 つづけざまの、不意打の襲撃だった。何も見えないまっくら闇の中で、おもいがけない見当から、なぐられたり、つきとばされたり、ひどい目に
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