モロー大彗星《だいすいせい》の進路が、急に変ったのじゃ」
「はあ、モロー彗星の進路が、急に変ると、大事件が起るのですか」
11[#「11」は縦中横] モロー彗星《すいせい》
モロー彗星が、急に進路を変えたからといって、さわいでいる蟻田博士だった。それがなぜ大事件になるのか、新田先生には、わけがわからなかった。
「おい、新田。地球が遂に粉みじんになる日が来るぞ」
「えっ、なんですって」
新田先生は、びっくりして、博士の顔を見なおした。先生は、自分の耳を疑《うたぐ》ったのである。地球が粉みじんになる。……と聞えたように思ったので。
「なんだといって、それだけのことじゃ。地球が、粉みじんに、くだけてしまうのじゃ」
「先生、それはじょうだんですか。それとも、小説かなんかの話ですか」
新田先生には、博士の言葉がまだのみこめなかった。
そうでもあろう。地球が粉みじんになる日が来るなんて、そんなばかばかしいことが、あるであろうか。
さもなければ、蟻田博士は、やはり病院にはいっている方が、いい人なのではなかろうか。つまり博士は、変になっているのではなかろうか。
新田先生はどっちに考えていいのか、たいへん迷った。
蟻田博士は、記録紙を机の上にのせると、ていねいに巻いていった。そうしてそれを大事そうに側の金庫の中にしまった。その間、博士は一言も発しなかったが、それが終ると深いため息をついて、新田先生の方を見た。
「おい、新田。お前には、このことがのみこめないかもしれない。が、よくお聞き。さっきも言ったように、かねて注意を払っておいたモロー彗星が、わしの留守中、急に進路を変えたのだ。その結果モロー彗星の新しい進路は、これから地球が通っていくはずの軌道と交るのだ。しかもその交る時刻に、モロー彗星も、地球も、その軌道の交点に来るのだ。だから、両方は大衝突をする!」
「地球とモロー彗星とが、大衝突をするとおっしゃるのですか」
新田先生はびっくりして、思わず博士の腕をつかんだ。
博士は、悟りきった人のように平気な顔で、
「そうだ。やっと、わかったかね」
「つまり、地球の軌道と、モロー彗星の軌道とが交っていて、どっちかが、その交点を早くか遅くか通ってしまえばいいのだが、不幸にも、地球とモロー彗星とが、同時に、その交点を通る。それでその時大衝突が、起るというわけですか」
「そうだ、そうだ。全くその通りだ。地球の人類にとって、こんな大きな不幸はあるまいなあ」
「そこで、大衝突をやって、地球は粉みじんになってしまうのですか」
「そうだとも。モロー彗星の芯《しん》は、地球の大きさにくらべて八倍はある。これは、さしわたしの話だ。そうして、その心は、どんなもので出来ているか、まだよくはわからないが、とにかく非常な高熱で燃えている、重い火の塊《かたまり》だと思えばいい。そういうものが、地球の正面から、どんとぶつかれば、地球はどうなるであろうか。衝突後も元のままの地球であるとは、もちろん考えられない」
「地球は、幾つかに壊れるのでしょうね。日本と、アメリカとが、別れ別れになったりするのでしょうね。しかしわれわれ人類は、そうなっても、ちゃんと生きておられるでしょうか」
新田先生は、恐しい想像の中に、思わずおののいた。
「いずれ日本とアメリカとが、別れ別れになると言っても、それが二つの小さな地球の形になるとは思われない。今のところ、わしの考えでは、地球は粉みじんになって、そうして、いくつかの火の塊になってしまう」
「えっ、火の塊ですか。するとわれわれ人類は。……」
蟻田博士は、モロー彗星が地球にぶつかった時は、地球は幾つかの火の塊になってしまうであろうと、大胆な見通しをつけた。
「そうなれば、もちろん、地球上の生物は、一ぺんに焼けてしまって、ただもやもやした煙になってしまうだろうなあ」
蟻田博士は、平然と、まるでひとの事のように言う。
「博士、それでは、大衝突をすると、地球上の人間も、牛も、馬も、犬も、猫も、みんな死にたえてしまうと、おっしゃるのですか」
「そうだよ」
「やっぱりそうですか。地球上のありとあらゆる生物が、死滅するのですか。ああなんという恐しいことだ」
新田先生は、もう立っても坐ってもおられなくなって、椅子の上に、やっと自分の体をささえた。
「蟻田博士。ほんとうにそんな恐しい時が来ますか」
「もちろん来るさ」
「ああ、なんとかしてその大衝突を、防ぐことは出来ないものでしょうか。だって、余りにも悲惨です」
「相手は、地球だのモロー彗星だ。その大衝突を防ぐことは、とても出来ない相談だ。そんな大きな物体を、右とか左とかに動かす力を、人間が持っていないことは、お前もよく知っているだろう」
「それにしても、それでは、出来事が余りに悲惨
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