え。ここは太陽の下にいながら日が暮れ、地球の上は、ぎらぎら光って、真昼なんだ」
 二人が、そんなことを言いあっていると、博士が、
「お前たちは、なにを、ばかなことを言っているのか」
「は、あまり、ふしぎですから……。まさか、まだ成層圏《せいそうけん》へ来たわけでもないでしょうと思いますから……」
「なにを言っとるか。もう、われわれは成層圏の中にいるのだ。成層圏にはいったればこそ、夕暮みたいな景色になったのだ」
「えっ、もう成層圏へ来ていたのですか。たいへん早いですなあ」
 先生は、びっくりした。
「先生、成層圏て、なんのことですか」
 千二が、おどおどして、きいた。
「成層圏というのはね、千二君、地上からはかって、大体二十キロぐらいから上の空のことだ。そのあたりには、空気が非常にうすくなるから、太陽の光が、ちらばらない。だから、空は暗く見えるのだ」
「太陽の光が、散らばらないとは、なんのことですか」
「つまりたくさんのガラス玉をとおして、光を見ると、どこから見てもぎらぎら光って見えるだろう。空気はガラス玉と同じはたらきをするのだ。太陽の光を、空気の粒がちらばらせるので、空気のある空は、明かるいのだ。空気のないところでは、太陽の光がちらばらないから、空は暗く見えるのだ」


   61[#「61」は縦中横] 火星行《かせいこう》


 新田先生が、千二少年に、成層圏のはなしをしている間に、大空艇は、どんどんすすんで、あたりは、いよいよ暗さをくわえていった。空気が、いよいようすくなったのである。
 先生は、千二少年のため、はなしをしてやるのに、つい夢中になっていたが、このとき、はっと気がつき、操縦席にいる蟻田博士の方を、ふりかえった。
 博士は、じっと映写幕をみつめていた。博士の手は、いつの間にか、操縦桿を放れていた。再び自動操縦に戻っていたのである。
「博士、丸木艇はどうしましたですか」
 先生は、それをたずねた。
「丸木艇は、さかんに逃げていくわい」
「逃げていきますか。どこへいくのでしょうか」
「さあ、今のところでは、なんともわからないが、多分、火星へ戻るかもしれないよ。君は無電を注意していてくれ」
「はい。どこの無電を……」
「丸木艇が、やがて、火星と通信するかもしれない。それを、こっちでも、ききとってくれ。何か、参考になることがあろうからなあ」
「はい、わかりました」
 博士は、先生をガス砲から無電機の方へ、うつしたのであった。
 千二の顔が、博士の方へ向いた。
「博士、ぼくは、どうしますか」
 蟻田博士は、千二の方をみて、にっこり笑い、
「千二。お前、髪床やさんになってくれぬか」
「えっ、髪床やさん」
「そうじゃ。丸木艇においつくまでには、まだちょっと時間があるから、お前、わしの後へ廻って、髪をつんでくれ」
 博士は、妙なことをいいだした。
「博士、おしゃれをするのですか。ぼくには、髪床やさんは、できません」
「なあに、わけなしじゃ。ここに便利な電気鋏《でんきばさみ》があるから、これでぐるぐるとやってくれればいい」
 成層圏のとこやさん――千二は、このへんな仕事を言いつかって、博士のうしろに廻った。
「待て待て。とこやさんがやるように、肩のところへ、白い布をかけてくれ」
「博士。ぜいたくを言っては困りますよ。ここは、成層圏ですからね」
「成層圏はわかっているが、とこやさんを、やってもらうには、やっぱり、白い布をかけた方がいいよ。そこにある機械おおいを取って、肩にかけてくれ」
「へい。これですか、機械おおいは……」
 千二少年は、機械の上にかけてあった油くさいきれをとって、いい気な博士の肩にかけてやった。
「ふん、なかなかいいぞ。うまく鋏《はさみ》をつかって、こののびた髪を、わしが言うように、切ってくれ」
 千二は、博士があまりのんきなので、おどろいた。そうして、鋏をしきりにつかって、長くのび切った髪を、つんでいった。
 博士は、いろいろと口やかましく、千二の鋏のつかいかたに、文句を言った。しかし、そのうちに博士の髪かたちは、ととのっていった。
 博士は、やがて一変して、若々しくなった。
「博士、ずいぶん、若くなられましたねえ。十歳ぐらいも、若くなりましたよ」
 と、となりの座席にいる新田先生が言った。
「そうじゃろう。なあに、もう、おかしくなったまねをしている必要も、なくなったからのう」
 千二は、すっかり仕事をなしおえた。成層圏で髪を刈ったのは、わが蟻田博士ぐらいのものであろう。
 このとこやさわぎが、先生や千二の心を、大へんやわらげた。博士は、ほんとうのところは、髪を刈りたかったのではなく、二人の気持を、らくにするために、むりに髪を刈れと言ったのかもしれない。……
 大空艇は、いま暗黒の空間を、ひたむきに飛んでいる
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