これではせっかく蟻田博士の発明した十号ガスも、さっぱり威力がないのだとわかると、先生はがっかりしてしまった。
「おい新田、お前はひどいことをするじゃないか」
と、ガスの中から、火星人はおかしそうに言った。その声を聞いて、先生はおやっと思った。その声は、たしかに聞きぼおえがある!
「はてな?」
と、先生は言った。
「はてなも何もないよ。わしじゃないか」
と、黄いろいガスの中から出て来たのは、外ならぬ蟻田博士の顔だった。
「ああ、博士。やっぱり博士だったのですか」
「そうだ、わしだよ」
「でも、わたしは、たしかに火星人の姿を見かけたのですが……」
「わははは、まだまじめくさって、そんなことを言っているのか。あれはわしじゃよ。火星人の姿をしていただけじゃ。ほら、ここに衣裳があるのだ」
と、博士は、黒いマントや黒い帽子を手でさし上げた。
「どうしたのですか、博士。なぜ火星人の姿などをなさるのですか」
「お前もずいぶん血のめぐりの悪い男だなあ。火星兵団のそばへいくには、こっちもやはり火星人の姿をしていかなくちゃ、向こうはゆだんをしないではないか」
「なるほど」
「さあ、お前も早くこの衣裳をつけて、火星人に化けるのだ。ほら、ここにある」
と、博士は別の衣裳を先生の方にさし出した。
「ああ、そうでしたか。いや、よくわかりました。これはどうも、わたしがのぼせ上っていて大失敗をしました。あははは」
と、先生は師の前で頭をかいたことであった。
博士と新田先生とは、穴から外へ出た。外は、まっくらであった。
「おい、新田。ちょうどいい。いっしょに下の方へ下りていってみよう。赤羽橋あたりへ出れば、火星人に出会うかも知れない」
「はい」
先生は、博士と並んで歩き出した。月が空にかかっていて、二人の影を地上にはっきりうつした。
また別の方からは、モロー彗星が強い光を放って、二人に別の影をつけていた。先生は、火星人そっくりの自分の姿を見て、苦笑いをした。
54[#「54」は縦中横] 危機せまる
ガスピストルを持っての初試験だ。
蟻田博士と新田先生とは、火星兵団の者そっくりの姿をして、深夜の町をそろそろと赤羽橋の方へ歩いていった。
町は、死んだように静かであった。
「博士、町は、たいへん静かですよ。この様子では、火星人は、引上げていったのかも知れません」
「そうだなあ、ちと静かすぎるのう」
博士と先生とは、そんなことを言いながら芝公園の横をぬけ、電灯がぽつんとついている赤羽橋の方へ足を向けたのであった。
その時、とつぜん、奇妙な声を二人は聞いた。声の方角は芝の山内だ。
何を叫んでいるのかわからないが、たしかに何か重大なことが起ったらしく、金切声をあげている。それは一人や二人ではなく、かなりの人数だった。しかし人間の声かどうか、それがはっきりしないほど怪しいひびきを持っていた。
「おお、あの騒ぎは、たしかに火星兵団の者と人間とが、衝突したんだ。さあ、いって見よう」
博士は、先生をうながして、赤羽橋を目の前に左へ曲り、芝公園の深い森の中へはいっていった。博士は、老人とも見えない元気であった。
森の中をしばらく走っていくと、果して森の中の幅の広い自動車路の上で、入乱れて盛に格闘している一団のあるのを見つけた。
「あそこだ。おい、新田、そっとあそこへ近づくのだ。ガスピストルは、わしがうつまではお前もうってはならないぞ」
「はい、承知しました」
二人がそっと近づくと、格闘している一団というのは、一人の火星人と、こっちの警官隊とであった。火星人を真中にして、警官隊はそのまわりを取巻いている。
形においては、火星人を、警官隊が取巻いているのであったけれど、火星人の勢いはものすごく、警官隊は、むしろじりじりと押されていた。
「……この上は皆で、こいつにとびつくのだ。失敗したら、次は体あたりだ。とびついたら放すな」
と、先頭に立ってさけんでいる声に、新田先生は聞きおぼえがあった。
「おい、いいか。突撃用意! 一、二、三! 突込め!」
号令一下、わあっと、警官隊は剣や棒をふりかざして、火星人をめがけてうちこんでいった。
ぷくぷく、ぷくぷく。
火星人は妙なうなり声をあげて、一歩うしろへさがる。そこへ警官隊は、どっと、とびこんでいったのだ。
それがはじまりで、あとは、ものすごい格闘がはじまった。あっと言う間に、警官の一人は、空中たかくほうり上げられた。他の一人は立木に、いやと言うほどたたきつけられた。勇敢にも火星人にとびついていった警官たちは、ことごとく火星人のために、あべこべにやっつけられてしまった。全く、おどろくべき火星人の大力であった。
火星人の大力! それは警官隊もよく知っていたのだ。しかし警官隊は、市民たち
前へ
次へ
全159ページ中115ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング