間から、言いたいと思っていたことを、この際言ってみようと決心した。
「博士」
「何じゃ」
「博士は、私が、博士のおためにならないようなことをする人間だと思っておられますか」
「さあ、どうかな」
「さあ、どうかな――とは、おなさけないお言葉です。博士、あなたは、私にとっては尊い師です。師のためにならないようなことを何でしましょうか」
「そうかね」
「……私は、博士の冷たいお心をなおして、今死の直前に立っている地球人類のために、大いに力を貸していただこうと毎日|力《つと》めているのです。しかし博士は、一向、そういう気になって下さらない。博士、私は、そんなに信用出来ない人間でしょうか」
「人間には、もうこりごりだよ」
と、蟻田博士はぶっきらぼうに言った。
新田先生は、これ以上博士を動かすことは出来ないと知って、涙が出た。
新田先生は、どうかして、蟻田博士の心を直し、地球人類のために博士のすぐれた智力を出してもらおうと、永らくつとめて来たのであるが、今度という今度は、先生も、さじをなげてしまった形であった。
(だめだ。蟻田博士こそ、人間の形はしているが、心は人間ではない。博士は、心を火星人などに売ってしまっているのであろう。すると、博士はまず鬼だと言ってよろしかろう。そういう博士の心を、自分の手で、何とかいい方へ直せると思っていたのは、たいへんばかだった!)
新田先生は、そう思って、顔をつたって落ちるくやし涙を、とどめることが出来なかった。
「博士、私はいよいよ博士にお別れして、ここを出ていきます」
先生は、ついにそう言った。もうこんな所にとどまることは出来ない。いくらここにいても、むだである。博士は、地球人類のために力を貸そうとはしないのである。
「今になって出ていくか。いよいよこの恩知らずめが!」
博士は、口ぎたなく先生をののしった。先生は、すっくと立上った。一分間でも、こんなところにいては、身のけがれだと思った。
ところが、その時、思いがけないことが起った。それは、何であったか?
博士が、いきなり新田先生の手を、ぐっと握ったのである。
「あっ!」
新田先生は、びっくりした。博士の心をはかりかねて……。
その時、博士の唇が、先生の耳もと近くにあった。
「新田、だまって、わしについて来い!」
博士は、聞取れないほどの小さい声で先生の耳にささやいた。
「えっ!」
新田先生は、自分の耳をうたがった。
(新田、だまってついて来い!)
と、博士は言って、先に立った。
新田先生は、博士の言葉つきの中に、何かしら、いつもと違った感じを受取った。
博士は、部屋の片隅にある犬のくぐり戸のようなまるい形の扉をあけて、次の部屋へ這《は》いこんだ。先生も、そのあとに続いた。
這いこんだところは、紫色の電灯がついていたが、実に奇妙なところであった。まるで、鉄管の中にはいったような感じがした。なぜまあ、このように変なところばかりが、あるのであろうか。
先生の前には、博士が、ごそごそと音をさせて這っていく。後から声をかけたくて、しかたがなかったが、博士におこられてはたいへんと、先生はがまんして、あとからついていった。
二メートルばかり、いったところで、小さな部屋に出た。部屋というよりは大きな樽の中にはいったという感じである。
曲面をもった壁は、にぶい金属的な光をもっていた。この部屋の中にはバンドのついた腰かけと、天井から吊革のようなものが、ぶら下っているだけで、外に何もない。
博士が、何かごそごそやっているうちに、先生の後で、ぎいっと音がした。ふりかえって見ると、今這いこんで来た鉄管の出口が、すっかりふさがれていた。全く妙な部屋であった。先生は博士の心をはかりかねた。
「うむ、これで安心だ。もう、大きな声を出してもいいよ」
博士の声は、いつもとは違って、たいへんやわらかに響いた。
「博士、私をこんなところへ連れて来られて、何をなさろうというのですか」
さっそく、先生はたずねた。
「おお新田。これからわしは、お前に、はじめて本心をうちあけるよ」
「えっ、本心?」
先生は驚いて博士の顔を見つめた。
本心を打明ける!――と、博士は言ったのである。
「どういうのが、博士の本心ですか」
と、新田先生は、せきこむようにして問いかえさずにはおられなかった。そう言えば、さっきから博士の態度が、いつもとは、たいへん変っている。何か重大なわけがあるのだ。
「のう、新田」
と、博士は両手をきちんと膝の上において語り出した。
「わしは、いよいよこれから火星兵団とたたかいをはじめるよ。いや、お前の驚くのももっともだ。わしは、いつも地球の人間のことを悪く言って、むしろ火星人の味方のようにさえ見えた。これにはわけがあるのだ」
と、博士は
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