ついてふりかえると、いつの間にか博士は、おくの壁についている丸窓のような形のとびらをあけ、もう一つおくの部屋にはいって、先生をさしまねいているのであった。はたしてそのおくの部屋には、何があったであろうか?
(早くしないと、もう見えなくなるぞ)
と、蟻田博士は、奥の部屋から新田先生をよぶ。一体何が見えるというのであろうかと、先生は、丸窓のような形をした入口をくぐって、博士のそばへ近よった。
室内は暗かった。暗室なのだ。
ただ、標示灯のあかりが、ぼんやりと機械の一部を照らしていた。それはのぞき眼鏡のようなものであった。博士の手が、そのあかりの中にあらわれて、のぞき眼鏡のようなものを指す。
「おい、新田。この中をのぞいて見ろ」
蟻田博士の声だ。姿は見えないが、声だけ聞える。うすきみがわるい。
先生は、博士の手が指さすのぞき眼鏡のようなものに、目を近づけた。
「右の横につまみがある。それを廻して、焦点を合わせるのだ」
先生は、そののぞき眼鏡の奥に、何だか、ななめになった光り物をみとめた。しかしそれは何であるかわからないので、右手の指でつまみをさぐって廻してみた。
すると、その光り物はだんだんはっきりして来た。
「ほう、これは彗星だ!」
と、先生は思わず、おどろきを声に出してさけんだ。
「そうだとも、もちろん彗星だ」
「すると、この彗星はもしや……」
「もしやも何もない。それがモロー彗星なのだ。おどろくべき快速度をもって、刻々地球に近づきつつあるモロー彗星なのだ」
博士の声が、くら闇のかべにあたってひびいた。
ああ、モロー彗星!
これが、モロー彗星であったか。地球人類、いや地球上の全生物のいのちをうばっていこうとする魔の彗星はこれであるか! 新田先生は、真暗な空に異様なすがたを見せているこの彗星を、食いいるように見つめている。
「どうして、こんな地底からモロー彗星が見えるのでしょう。博士、これは、どうしたわけですか」
新田先生は、博士にたずねた。
「よけいなことは聞かないがいい。それよりも、モロー彗星をよく見ておくがいい。間もなく、雲にさえぎられて見えなくなってしまうから……」
博士は言った。
新田先生は、博士に叱られながらも、地底から見えるこの望遠鏡の不思議について考えた。空が見えるからには、この望遠鏡のあたまは空へ向けて出ていなければならない。そこのところがどうなっているのか、先生は知りたいと思ったのである。だが、博士は、それについて、返事をしなかった。
モロー彗星は、博士の言ったように、間もなく雲にかくれて見えなくなってしまった。先生は、そのことを言って望遠鏡から目をはなすと、博士は、
「これから、一日増しに、大きく見えて来るじゃろう。そうして、やがて地球に衝突する一週間ぐらい前になると、モロー彗星の一番太いところは満月ぐらいの大きさになるじゃろう。そのころには、人間のなかで、気の弱い奴らは、そろそろ妙なことを口走るようになるじゃろう」
博士は、気味の悪いことを言った。
「何とかして、地球人類を助けてやる方法はないものですかねえ」
先生は、むだなこととは知りながら、またしても、博士にそれを相談せずにはおられなかった。
「だめじゃ。よほどの奇蹟でもないかぎりは……」
博士の返事は、先生の考えていた通りであった。
二人が、話をしている時、暗中で、五つの赤い電球が、しきりについたり消えたりしはじめた。すると博士は、あわてて立上った。
ぴかぴかぴかと、しきりについたり消えたりする赤い電球は、何を知らせているのであろうか。
蟻田博士は、くらがりでもよく目が見えるらしく、立上ると、何かしきりに機械を廻している様子だ。
がらがら、がらがら。
高声器の中から、雑音が出て来た。空電がはいっているらしい。博士は、なぜ高声器を働かせているのか。
「博士、どうしたのですか」
と、新田先生はたずねた。
だが、博士はそれに答えなかった。その代りに、高声器の中からはげしい雑音に交って、何かしきりにわめきちらしているような人の声が聞える。
その声は、はじめ、たいへん小さかったが、しばらくすると、雑音以上に大きくなって来た。しかもその声が、日本語でしゃべっていることがわかった。
(誰だろう?)
先生は、くらやみの中で、きき耳を立てていた。その声は、大きくなったけれど、何を言っているのか、言葉の意味がはっきりしない。しかし、その中で、
「おい、聞いているか、日本人!」
という言葉が、くりかえされたことがわかった。
先生は、それを聞いている中に、言葉の調子から、一人の人物を、ふと、心の中に思い浮かべたのであった。それは外でもない。刑事の佐々《さっさ》のことであった。
(佐々刑事の声によく似ているがなあ)
と、
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