った。
「ここまで来れば、大丈夫だぞ」
 先生は、やきつくようにかわいたのどを、手にふれる残雪をぶっかいて、口の中に入れ、元気を取りもどした。こうして、地獄沢を後に、掛矢温泉へたどりついた時は、もうすっかり夜は明けて、朝となっていた。
 温泉旅館の主人の、弓形《ゆがた》老人は、庭に出て梅の枝を切っていたが、とつぜんそこへもどって来た先生の姿を発見して、おどろきのあまり、鋏《はさみ》を手に持ったまま、その場へ尻餅をついたほどだった。
「せ、先生。あ、あなたは、まあ、きのうから、どこにいっておいでだったのですか」
 新田先生の体も、へたへたと庭にくずれてしまった。
 先生の顔は、血の気を失って、まっ青だった。目の下には、黒い隈が出ていた。顔はもちろん、手足といわず服装といわず、血や泥にまみれて、どこの人かと思うくらいだ。
 そうでもあろう。病後まだ幾日もたっていないのに、新田先生は、精神の上においても、また体の上においても、非常な苦労を味わったのであった。今まで、途中で、よく倒れなかったものである。
 それというのも、先生が、一つには教え子の千二少年の身の上を心配し、また一つには、やがて地球がモロー彗星と衝突した時の大惨事を思い、どうかして、人類を救いたいとの一心が、こうして、先生を堪えがたい苦しさの中から、ようやく救い出したのであった。
 弓形老人に、先生は手みじかに、火星兵団の先遣部隊の襲来のことを話した。そうして自分は、これから直ぐにこのことを東京へ知らせたいから、電話を頼んでくれと言った。
 弓形老人は、いよいよおどろいて、ぬけた腰が、元にもどらなかった。そこで手を叩いて家人を呼ぶと、その手を借りて、先生と共に家の中にはいった。
 老人が、直ぐにこの話を家人にしゃべったので、旅館内は、さらに大さわぎとなった。さっそく電話を東京へ申し込んだが、急ぐ時は、意地の悪いものでなかなか通じない。
 それでも午前九時ごろになって、やっと、旅館の電話は警視庁へつながった。
 新田先生は、久しぶりに、大江山捜査課長の声を聞いた。
 課長は、新田先生の声が、直ぐにわかった。
「やあ、新田先生。あなたは、もう東京へ帰って来られたんですか」
 と、電話に出て来た大江山課長は驚いていた。そうでもあろう、新田先生にしたところが、あの掛矢温泉につかって、病後の体をゆっくり丈夫にしたいと思っていたのであるが、はからずも、地獄沢の上の怪火に引きよせられ、火星兵団にぶつかったればこそ、こうして早く東京へ舞いもどらねばならなくなって来たのだから。
「大江山さん。私は、火星兵団にあいましたよ。命からがら逃げもどって来たところです」
「なに、火星兵団?」
「課長は御存じないのですか、甲州の山の奥に、火星兵団が、いわゆる火星のボートに乗って着陸したことを」
「それが、火星兵団ですかね。こっちにはそんな報告は来ていないが、昨夜、山梨県でたいへんあざやかな、流星が見えたという話は聞いていますがね」
「昨夜なら、それは、きっと火星兵団のことに違いありません。私は、あの時、火星のボートの着陸するすぐそばにいたのですよ」
 と、新田先生は、手みじかに、昨夜からの出来事を話した。
「ふうん、それはたいへんなことだ。あまり深い山奥のことだから、我々の目には、それほどたいへんなものに見えなかったんだ。よろしい、総監に報告をして、すぐさま手配をしましょう」
「まあ、課長、待って下さい。火星のボートを駆りたてるのも大切なことですが、それと同時に、丸木隊の火星人が、人間に変装して、もうすぐ、そちらへやって行くと言っていましたから、用心して下さい」
「何です、その丸木隊というのは」
「人間をさらって、火星へつれて行こうというのです」
「えっ、それはほんとうかね?」
 丸木隊の火星人が、東京方面へも出て来て、人間狩をするであろうという新田先生の報告は、大江山課長を大変おどろかせた。課長は、はじめのうちはなかなかこれを信じようとはしなかったが、先生が、変話機を使って、親しく丸木の命令するのを聞いたと話をすると、
「ふうむ。そういうことなら、火星人は、本気でやるつもりだな。そういうらんぼうなことは、許しておけない。にくむべき火星人だ」
 と、大江山課長は、机を叩いておこり出した。
「しっかり頼みますよ、大江山さん」
「いや、よくわかりました。早く知らせてくれて、ありがとう」
「大江山さん。私が火星兵団からうばって来た変話機は、大変重宝なものです。これを使えば火星人の話が、ちゃんと日本語になって聞えるのです。この機械は、いつでもお貸ししますよ」
「ありがとう、ありがとう」
 と、課長は厚く礼をのべ、
「しかし、火星人は、先生を一生懸命探しているだろうから、油断がなりませんよ。わしも、先生のことが
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