いった。日比谷公園のそばに、自動車をとめておいて、千二をうまく運転台におしこんで、逃げていったのだった。
そこで、課長は、はじめて頬杖をやめて体を立てなおすと、一同の顔を見まわし、
「どうだ管下において、少年がかどわかされていくのを見た者はないか」
「さあ、そういう報告はどうも……」
「それとも、なにか少年に関係した事件はなかったろうか」
「そうですねえ――」
さすがに、大江山課長は、目のつけどころがちがう。千二少年が、何者かにさらわれたと知ると、すぐさま、捜査の糸口をつまみ出した。
「さあ、今日管下に起った事件の中で、少年に関係があった事件と言いますと、皆で三件あります」
と、佐々刑事が、主任の机の上から帳面を持って来た。
一同は、その帳面の方へ、頭をよせる。
「まず第一は、午前八時、名前のわからない十二、三歳の少年が、電車にはねとばされそうになった小学校一年生の女生徒を、踏切で助けようとして自分がはねとばされ、重傷を負いました。これは小田急沿線登戸附近の出来事です」
「それはちがうね」
と、大江山課長は一言で、首を横に振った。
「は、ちがいますか」
「時間が午前八時では、千二少年は、まだ外に出ていないではないか」
正にその通りである。
その時刻なら千二少年は、まだ警視庁の留置場にいた。
「なるほど。これは私としたことが、ぼんやりしていました」
と、佐々は頭をかきながら、また帳面をめくった。
「はい、ありました。これは午後一時です。十四歳になる竜田《たつた》良一と名乗る少年が、リヤカーに乗ったまま、昭和通で自動車に衝突、直ちに病院にはいりましたが、この原因は、信号を無視したためです。直ちに、主人に知らせたので、主人は、店員と共に駈けつけ、目下、看病中――というのがあります」
「それもいけないね」
「はあ、名前がちがっていますが、もう一度しらべ直してみませんと……」
「主人や店員が来て、落ちついて看病しているのなら、ほんとうの店員竜田良一で、千二少年が偽名しているわけではない」
「なるほど。これもだめですなあ。では、こういうのがあります。あ、これだ」
と、佐々刑事が、大きな声を出した。
「うむ、早く読め!」
大江山課長は、思わず体を前に乗出した。
「午後九時四十分のことです。千葉県から出て来た十三歳になる少年が、大川端から投身自殺《とうしんじさつ》――はて、おかしいぞ。大川端から、投身自殺をはかった年若い婦人があるのを、交番へ知らせるとともに、自分も飛込み、巡査と協力して助けた。いや、これは少年のお手柄だ。千葉県から、杉の苗木を積んで、東京へ売りに来たその帰り道での出来事だった」
「なるほど、それから……」
「それから――人命救助の表彰の候補者として、この少年宮本一太郎を――あっ、やっぱりいけません」
「何だ。早く名前を読めばいいのに」
これもだめであった。
その日、少年に関係のある事件三つが、いずれも千二少年には関係のないことがわかって、大江山課長は、がっかりしてしまった。
佐々刑事は、きまり悪そうな顔をして、同僚のうしろへ、こそこそと姿を消しながら、
「ちぇっ、きょうは、あたまが悪いや。しようがない、すこし遅いが、これからライスカレーを作り直すことにするか」
佐々刑事は、ライスカレーをうんと食べて、頭をよくしようと考えた。
その時交通[#「交通」は底本では「交番」]|掛《がかり》の主任が、課長の前へ進み出た。さっきから何が気になるのか、もじもじしている主任であった。
「ええ、課長。これは、あまりたいしたものではありませんが、御参考までにお耳に入れておきます。申し上げない方がいいのですが、後で万一関係があったということになりますと、申訳がありませんので……」
と、いやに気の弱い言いかたをして、大江山課長の顔をじっと見た。
「なに、参考になることなら、どんどん報告したまえ。引込んでいることは、ないじゃないか」
課長は、少しいらいらした気持で、この遠慮ぶかい主任をうながした。
「は、それではお話いたしますが、実は、お昼ごろのことでしたが、スピード違反の自動車がありましたので、これを白バイで追跡いたしました。すると、運転台に、妙な顔をした運転手と、そのそばに一人の少年が坐っているのを見ました」
「なあんだ。少年の助手は、このごろ、いくらでもいるよ」
「ところが、少し変なことになったのです」
「あまり、もったいぶらないで、どんどん先を話したらいいだろう」
「は、つまり、自動車は、脱兎の如く逃走いたしました」
「逃げたとは、変だな。白バイは、何をしていたのか」
「いえ、自動車が、猛烈なスピードをあげて逃げてしまったのです」
「逃しては、話にならないね」
「ところが、追いついたのであります」
「どうも君
前へ
次へ
全159ページ中35ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング