た事件をふりかえってみると、怪人丸木にしても、火星人にしても、かなり狂暴性を発揮している。だから、お前たちは必ずめいめいにピストルか催涙弾《さいるいだん》を身につけておれ」
これを聞いていた一同は、深刻な顔つきでうなずいた。めいめいに、ピストルか催涙弾を身につけておれ、などという命令は、共産党本部へ突入した時の外《ほか》、受取ったことがない。
「課長、彼等を殺してしまっては、何にもならんじゃないですか。ぜひ生捕《いけどり》にしろと、なぜ命令しないのですか」
佐々刑事は、いささか不満の顔つきであった。
「うん、生捕に越したことはない。だが、彼等は、我々の決意を知ると、将来においては、もっと狂暴なふるまいをするだろうと思う。君がたに命がけで活躍してもらいたいことはもちろんだが、しかし一方において、私としては、ここにいる君がたのうちの一人でもを、冷たい骸《むくろ》にするに忍びない。だから十分用意をととのえるように」
悪人たちからは、鬼課長として恐しがられている大江山警視だったが、部下の身の上を思うその言葉の中には、限りない慈愛の心があふれていた。
「おれは、必ず生捕ってみせる。おれも生き物なら、相手だって、生き物なんだから。生き物の息の根をとめるには、こうしてぐっとやれば、わけなしだ」
と、佐々は柔道の手で締めるまねをした。
怪人丸木と火星の生物との検挙命令を発しおわった大江山捜査課長は、その時、急に思い出したらしく、
「おおそうだ。あの子供は、どうしているかね。千二少年は?」
と、かたわらを向いてたずねた。
「ああ、千二少年ですか。あれは……」
と言って、掛長が、あとのことばを、口の中にのんだ。その刹那に、掛長は、鋭敏に、何ごとかを感じたようであった。
「あれは! あれは、どうかしたのか」
と、大江山課長も席から立って、掛長のそばによった。
「あれは、今朝、放免いたしました」
「なに、千二少年を留置場から出したのか。ほう、一体、誰が千二少年を出せと命令したのか」
「これは驚きました。課長が、今朝ほど、電話をこちらへおかけになって、放免しろとおしゃったので、それで、出したようなわけですが、もしや課長は、それがまちがいであると……」
「大まちがいだよ、君」
と、大江山課長は掛長の肩に手をかけて、ゆすぶった。よほど、あわてたものらしい。
「おい君。私《わし》は、そんな電話をかけたおぼえがないんだ。その話をくわしくしてくれたまえ」
「いや、それは驚きましたな」
と、掛長は、あきれ顔でその先を語り出した。
その話の要点は、つまり、今朝ほど、全く課長にちがいない声でもって、電話があったというのに過ぎなかった。その声も、言葉のしゃべり方も、全く課長にちがいないので、
「すぐ千二少年を放免しろ」というその命令にしたがったのだという。その話を聞いて、大江山課長の顔は、急に青くなった。
13[#「13」は縦中横] りっぱな自動車
千二少年は、どうなったろうか。
その朝、彼は、突然ゆるされて、留置場を出た。
「おい、千二君、もう二度と、こんなところへ来るのじゃないよ」
と、佐々刑事が言った。
「ええ、もう二度と、来やしませんよ。だいいち、今度だって、僕は何にもしないのに、まちがって、こんなところに入れられたんですからね」
「まちがって入れられた、などと思っていちゃ、いけないよ。だって千二君、君の連《つれ》の丸木という男は、確かに人を殺して逃げたんだからね」
「でも、僕は、何にもしないのです」
「何にもしないかどうか、証拠がないから、はっきり身のあかしが立たないじゃないか。とにかく、課長からすぐ放免せよという電話でもなかった日には、まだまだ共犯のうたがいでもって、ここへ止めおかれるところだよ。くれぐれも、これからのことを注意したまえ」
「はい」
「あの丸木なんかと、一しょに、悪いことをやるんじゃないよ。それから一つ、君にたのんでおくが、もし君が、どこかで丸木を見かけたら、すぐこの私《わし》のところへ、知らせてくれ。どこからでもいいから、電話をかけてくれればいいんだ。ほら、この名刺に電話番号が書いてある」
千二は、佐々にいろいろと、たしなめられたり、たのまれたりして、警視庁を出ていったのである。
そこは、桜田門のそばであった。千二はふたたび自由の天地に放たれたことを喜び、まるで小鳥のように、濠端をとびとびしながら、日比谷公園の方へ駈出していった。
公園の垣根のところまで来ると、千二は、そこに一台のりっぱな自動車が、運転者もいないで放りっぱなしになっているのに気がついた。
公園のそばに、放りっぱなしになっている無人自動車は何であったろうか。
千二は、人一倍機械なんかが好きであったから、このりっぱな自動車を
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