た自記機械があった。自記機械というのは、人が見ていなくても観測した結果が、長い巻紙の上に、インキでもって、曲線になって記録せられる機械である。例えば、室内の温度が一日のうちに、どう変ったかというようなことを知りたい時、人が寒暖計のそばにつききりで、一々水銀の高さを読んで記さなくとも、この自記機械にかけておくと、巻紙が廻るにつれ、ペンが長い曲線をかいて、室内温度がどう変ったか記してくれる。
蟻田博士は、この自記機械をあけ、中から巻紙をひっぱって、それを見るのに夢中になっている。
「博士。よく見廻りましたが、もうお屋敷のうちには、誰もいませんですから御安心なさいませ」
と、新田先生は、博士の後から、声をかけた。
ところが、蟻田博士は、それには、返事をしない。
そうして、なおも夢中になって、その自記機械から、巻紙|様《よう》のものを長くひっぱり出して見ている。その目は異様な光をおびていた。
「博士。それは、何を自記する機械ですか」
新田先生は、博士の後に近づいた。
博士は、新田先生に声をかけられ、びっくりしたようであった。
「誰かっ?」
と、けわしい目で振返って見て、そこに新田先生が立っているのを見ると、
「なんだ、お前か」
「先生。お屋敷の内には、ほかに、もう誰もいないようでございますよ」
「そうか。だが、油断は出来ないぞ。もし誰かの姿を見つけたら、すぐわしに知らせるのだぞ」
そう言いながらも、博士は長い巻紙を手に取って、自記曲線を見入っている。
「博士。それは何を測ったものなんですか」
新田先生は、再び同じことを蟻田博士に尋ねた。
「これか」
と、博士は、巻紙のような記録紙の上をぽんと手で叩いて、
「わしが留守にしている間に、大変な異常現象が起っていたんだ」
「えっ、大変な異常現象とは?」
「異常現象が起ったとは、つまり、この宇宙の中に、あたりまえでない出来事が起っていたんだ」
博士の目の中には、いらいらした気持が、はっきりと見られた。それを見て、新田先生も、なにかしらぞっとした。
「博士。宇宙の中に、あたりまえでない出来事が起っていた、とおっしゃるんですか。それは、一体どんなことなんですか」
博士は、なおも長い記録紙を、くりかえし広げて見ていたが、
「とにかく、これは地球始って以来の大事件が、近く起るぞ。というわけは、わしのかねて注目していた
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