めしていた方のようでしたが……おつむりなども、きれいさっぱりと禿げておられましてね」
それを聞いて、大江山課長は、苦笑した。そうして課長は、新田先生の耳のそばへ口をよせると、低い声で、
「いや、はげ頭は、あれは、私が変装していたんですよ。初めて人に会う時は、相手がどんな人かわからないから、あのように変装してお目にかかることにしているのですよ。私は、あんな禿げ頭の年寄ではありません。どうか、よく見直してください。はははは」
両国駅頭で、大江山課長と禿頭問答をやった新田先生は、急になんだか和やかな気持になった。
「大江山さん。僕はいま千二少年の父親をみまって、東京へ帰って来たところですが、あの千蔵さんは大怪我をしていますよ」
「そうだそうですね。それを聞いたので、私たちもこれから、あっちに出かけるところだが、あなたに先手をうたれたわけですね。それで、何かへんな噂を聞かなかったですか」
「ああ聞きました。火柱の一件でしょう」
そこで新田先生は、千蔵のうわごとについて話をした。そうして自分の考えを、みんな課長の前にのべたのであった。
「ふん、そうですか。よく聞かせてくだすった。たいへんわれわれの参考になります」
と、大江山課長は一向こだわる様子もなく、新田先生の話を喜び、
「だが、そうなると、これまでわれわれが、蟻田《ありた》博士の予言をばかにしていたことが、後悔されて来ますよ。私は、博士が変になったんだろうとばかり思っていたが、これは、改めて考え直す必要がある」
「蟻田博士は変ではないはずです。僕も、むかし教わったことがあって、よく知っています」
「ほう、あなたは、蟻田さんの門下だったんですか。これはふしぎな縁だ。そういうことなら、あなたに一つ、お願いしたいことがあるんだが……」
課長は、ちょっと言いにくそうに、あたりを見廻した後、
「新田さん、怒っちゃあいけませんよ。実は私たちは、蟻田博士が変だと思ったので、極秘のうちに、博士を病院に入れてあるのです」
「えっ、博士を、……」
「何しろあのとおり、火星兵団さわぎをまきおこした本人のことですから、帝都の治安取締上、そういう非常手段をとらないわけに、いかなかったのです」
「ああ、僕は新聞で読んで、蟻田博士が御自分で家出をして、行方不明になってしまったことと思っていましたが……」
と、新田先生は、ため息をついた。
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