とです。我々は捜査陣を広げて、銀座怪盗(と課長はそう呼んだ)を探しているのですが、どうもわからない。彼をとらえないうちは、気の毒ながら千二少年を、ゆるすわけにはいかんのです」
 新田先生も、それを聞いて、なるほどと思った。そこで、仕方なく、千二をぜひ、今自由の体にしてくれと、頼むことは、一時見合わせることにして、その代り、千二に一目あわせてくれるように頼んだ。
 大江山課長は、まだ誰にも面会をゆるしていないが、特に新田先生には、それをゆるすことになった。
 じめじめとしたうすぐらい留置場で、先生と教え子とは、手に手をとりあって泣いた。あまりの情なさとなつかしさに、どちらも言葉は出ず、涙の方がさきに立ったのである。
 やがて、先生は、しわがれた声で千二の名を呼んだ。
「おい、千二君」
「先生!」
「誰がなんと言おうとも、この先生だけは、君が悪者でないことを信じているよ」
「先生、ありがとうございます。僕は、うれしいです」
 千二と新田先生とは、また強く手をにぎりあった。
「先生、聞いてください。あの丸木という怪しい人が、僕を、僕の村からこの東京まで、むりやりに連れて来たんです。そうして、あのようなひどいことをやったんです。ですが先生、僕は、あの丸木という人が、どうもただの人間でないと思うのです」
「ただの人間でないと言うと、どんな人間だと言うのかね」
「火星のスパイじゃないかと、思うのです」
「えっ、火星?」
 新田先生は、いきなり火星が飛出して来たので、目をまるくした。
「火星? 火星のスパイとは、一体それは、どういうことかね」
 新田先生は、目をまるくして、千二の顔をじろじろと見た。
「先生、これは、僕がいくら警視庁の人に話をしても、誰も信じてくれないことなのですが、二、三日前の夜、僕の村へ、火星の生物が、やって来たらしいんですよ」
「なに、火星の生物がやって来た。ふん、そうかね。それで……」
 新田先生も、この話には、ちょっと困ったようであった。いくらなんでも、火星の生物が、この地球にやって来るなんて、そんな突拍子《とっぴょうし》もないことは考えられないからである。
 しかし千二は、熱心に、そのことを語り出した。
 あの湖水《こすい》へ、夜おそく、うなぎを取りにいったこと、妙な音が聞えたこと、光り物がしたこと、うす桃色に光る塔のようなものが、天狗岩の上に斜に突立
前へ 次へ
全318ページ中36ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング