く、その朝先生はすぐに電話を日本空輸にかけた。それは東京行の旅客機に乗れるかどうかをたずねたのである。たとえ一時間でも一分間でも、早く千二の困っている東京へいきたいと、新田先生は飛行機でいく道を選んだのである。
 幸いに、座席が一つあった。予約してあった客の一人が、急に都合がわるくなって、それに乗らないことになったのである。新田先生は、すぐそれに乗りこんだ。
 この新田先生というのは、千二少年の組に理科を教えていた先生である。一年前に、小学校をよして、大阪へいった。大阪では、教鞭をとるのではなかった。大阪帝国大学工学部の聴講生となって、さらに勉強をしようというのであった。新田先生の専攻するのは、ロケットであった。
 ロケットというのは、飛行機と同じように、空中に飛びまわる新しい乗物である。まだ研究が完成していないので、あまり大きなものはないが、行く行くは、地球の旅行にも、あるいはまた宇宙を飛びまわるにも、このロケットがたいへん都合のいい乗物であった。
 新田先生は、お昼前、無事に東京羽田の空港に着いた。
 新田先生は、東京の羽田空港で旅客飛行機から下りると、すぐその足で、とるものもとりあえず、千二少年の留置されている警視庁へ駈けつけた。
「何の用ですかね」
 と、受附の警官はたずねた。
 そこで先生は、じつは、これこれしかじかと、千二少年のことをのべ、あの少年は自分のいい生徒だったから、殺人事件を一しょにやるような悪い子供ではない、ぜひ許してやっていただきたいと、まごころを面《おもて》にあらわして言った。
 受附の警官は、たいへんいい人であった。新田先生の話に、すっかり同情して、
「そうですか。そういうことなら、誰よりもまず捜査課長の大江山警視にあって、よく話をしたらいいでしょう。ちょっとお待ちなさい。今会えるかどうか、私が聞いてあげましょう」
 と言って、親切にも、他の来訪客を待たせておいて、大江山課長へ話をしてくれた。
 その口添がきいたのか、課長は、すぐ新田先生に会ってくれることになった。
 先生が、みちびかれてはいったのは、応接室ともちがう小さな部屋だった。壁は防音材料で出来、となりへ話が洩れないようになっていた。その壁に、一枚の鏡がかかっているのが、どうもこの部屋に似合わしからぬものだったが、これは、この部屋からみると鏡としか見えないが、隣室から見るとこの
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