送した。
「皆さん、月が怪しい運動を始めていますから、どうか御注意下さい。月がどうかしているのです。今は、たった百分の一秒とか、百分の二秒とかですが、この先、この異常運動がどういう風に変って行くか、注意していただきたいのです。もっと申し上げたいのですが、今は、このくらいにしておきます」
矢ヶ島天文台は、たった百分の一秒の程度ながら、月が怪しい運動をしているから、注意をしてくれというのだ。
(モロー彗星・地球・火星と、この三つのものを考えなければならない地球人類にとって、この上、月のことまで心配させられてたまるものか)
と、あざわらう人もあれば、おこる人もあった。
人々のそういう声は、矢ヶ島天文台にも聞えぬはずはなかったが、この天文台長たる素人研究家の矢ヶ島君は、悪口には平気の平左で、月のことを熱心に研究して、人々の注意をうながしているのであった。
また或る時、矢ヶ島天文台は、こんなことを言出した。
「皆さん、いよいよ月に注意していただきとうございます。月は、一日のうちに二度、異常運動をしていることがわかりました。そうして、異常運動はごくわずかですが、はげしくなって行くようです。明晩の月に特にご注意下さい。望遠鏡で月の面をごらん下さい。その時、月の面に、何か変ったことがあらわれるかも知れません。どうぞ、明晩の月を御注意下さい」
矢ヶ島天文台は、すこぶる内気で、人々にこう呼びかけるのであった。
明晩の月? 果してどういう月が眺められたであろうか。
いくら矢ヶ島天文台の台長がおかしいにしろ、こう度々《たびたび》月のことばかりを言出すものだから、一度、その放送を聞いて気になり出した人は、そのあとも矢ヶ島天文台の放送を聞かないではおられなくなった。
さて『明晩の月』と、昨日の放送で注意のあった月が、いよいよ夕刻から空に出たのであった。もういよいよ満月に近い明かるい月だった。
空は雲もなかった。いやなモロー彗星の光の尾が、水平線から斜にぼうっと明かるく空を染めているが、これさえなければ、今宵は静かな美しい月の出よと、人々は楽しんだにちがいない。とにかく、その月が上ったのである。
気にしていた連中は窓に寄ったり、屋根に上ったり、または望遠鏡を持出して、その月の面を眺めたのであった。
「なあんだ。別に、あのお月さまは少しもちがっていないじゃないか」
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