いた博士も、すこぶる満足らしかったが、
「そこで、新田。わしはこれからしばらくお前にもあわないよ」
と、博士は、とつぜん妙なことを言いだした。
「えっ、私にあわないとおっしゃると……。博士はどこへ行かれるのですか」
先生は意外に思った。
「わしは、これからひとりで閉籠《とじこも》って、十号ガスをうんとつくらにゃならんのじゃ。火星兵団をやっつけるには、十号ガスをよほど多量にもっていなければならんのでのう」
博士は、研究を完成した十号ガスを、これから製造にかかるというのだ。
「博士、私にお手つだいをさせて下さい」
「いや、それは困る。これはわしひとりが、たましいをうちこんで、作らんことには、いいものが出来ないのだ。誰かがそばにいると、気が散っていいものが出来ない」
「しかし博士、地球最期の日は、もうあと一週間そこそこですよ。十号ガスの製造に、あまり長く日がかかると、もう間にあいませんよ」
「それは大丈夫だ。あと三日あればいいのだ。じゃ、あとを頼んでおくよ」
「ああ博士、どこへ行かれるのですか」
博士は、それには答えず、出て行った。
52[#「52」は縦中横] 矢《や》ヶ|島《しま》天文台
日毎夜毎《ひごとよごと》に、モロー彗星《すいせい》のすがたは怪しさを加えていった。
今では、彗星の大きさは月をはるかにしのいでしまった。空を見上げると、まるで大きな光る飛行船を天に張りつけたようであった。
モロー彗星の距離は、地球から月までの距離の何十倍ぐらいかのところまで近づいたのであった。あのすばらしい速さでもって、モロー彗星は間もなく月の側を通り越し、地球の正面へどうんとぶっつかるはずだった。
人々は、もう殆ど全部が、おかしくなってしまった。もうあと七日足らずの生命だというので、変な遊びに熱中しているあさましい人間が町にあふれていた。そうかと思うと、中にはせっせと働いている者もあった。庭に一生けんめいに朝顔の種をまいている者があったり、町から投売の安い品物を買って来て、一生けんめいに納屋《なや》へしまいこんでいる者もあった。彼らはたいへん落着いて働いているようでありながら、その実は、やっぱりおかしくなっていたのだ。なぜと言って、朝顔の種をまいてみても、その花が咲くのは夏時分になる。夏までこの地球がもてばいいが、あと数日で崩壊してしまうのだから、彼のや
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