、すでにもう、たいへんいやな気持になった。遠慮なく言うと、蜘蛛《くも》の化物《ばけもの》みたいな人間なんだから……
「誰です。おじさんは!」
「おじさん? おじさんて、何のことかね」
「おじさんというのは、あんたのことをさして言ったんですよ」
おじさんという言葉を知らないなんて、変な大人《おとな》である。千二は、いよいようす気味が悪くなって、立上ろうとした。
が、立上ることは出来なかった。よく見ると、彼の下半身は、何かで縛られているらしく、立とうとしても、体がいうことを聞かないのであった。
「ああ、こらこら。じっと寝ているがいい。今おれが、お前を元気にしてやるよ」
と、蜘蛛の化物みたいな、その黒いものずくめの大男が言った。
「もう、たくさんです。それよりも、あんたは誰なのか、それを教えて下さい。そうして僕が、どうしてこんなところに来ているのだか、それを教えて下さい」
「はははは。そんなに気になるかね。ほんとうのことを言って聞かせてもいいが、お前がおどろくだろうから、まあ、やめにしよう」
「そんなことを言わないで、教えて下さいな」
「そうか。きっとおどろかない約束をするなら、教えてやってもいい」
その蜘蛛の化物みたいな大男は、ものを言うたびに、唇を境にして、鼻の下からあごまでの間が、障子紙のように、ぶるぶるふるえるのだった。どうも只者ではない。
「僕、おどろいたりしませんよ」
千二少年は、心の中に決心した。どんなことがあっても、おどろくまいと。
「そうか。きっとおどろかないな」
と、その大男は念をおして、
「では教えてやろう。いいかね。お前が今こうしているところは、火星のボートの中だ。そうしてこの中には、火星の生物が、十四、五体も乗組んでいるのだ」
「えっ、火星のボートの中ですって」
「なんだ。やっぱりおどろくじゃないか」
火星のボートの中! これがおどろかないでおられようか。
火星のボートの中に、千二はいたのである。何時《いつ》の間に、火星のボートの中にはいったのか、さっぱりわからない。
「すると、僕の体は、もう地球から離れてしまったのですね」
「ううっ、まあそのへんのことは、何とでも考えたがよかろう」
蜘蛛の化物みたいな大男は、ちょっとあわてたらしかったが、ともかく返事はした。
そうか、火星のボートの中か。道理で変なにおいがすると思った。こんな
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