佐々刑事は、あまりのことに、あいた口がふさがらないといった形だった。
「課長、あなたのおっしゃることの方が、変ですねえ。あのとおり、高い崖の上から自動車が、ここへおちたのですよ。たとえ、ガソリンに火がつかなくとも、人間は脳震盪《のうしんとう》かなんかを起して、死んでしまうはずです。生ているなんてことは、考えられませんなあ」
 そう言って、佐々刑事は、課長の顔を、じっとのぞきこんだ。課長は、どうかしているのではないかと思ったのである。
「だが、佐々。骨が一本も見あたらないのだから、私は、乗っていた人間が、ここで焼け死んだとは思われない」
「だって、課長、――」
「もちろん、私にも、あの高い崖の上から人間が落ちて、それで、命が助るものとは考えない。しかし、骨が一本も見当らないのだから、崖からおちた人間は、命が助って、どこかへいってしまったとしか考えられないのだよ。不思議というほかない」
「そんな無茶な考えはないですよ、課長。崖の上からおちた人間が、命を全うしたばかりか、そのままどこかへ行ってしまったというのは」
「やむを得ない。理窟では、そうなるのだよ」
「それにしても、変ですよ。それゃ、人間の体が、鋼鉄造りであれば、助るかもしれません。骨といってもたいして固くないし、柔かい肉や皮で出来ている人間が、あの高い崖の上からおちて、死なないで、すぐさまどこかへ行ってしまったなどと……。あっはっはっ。これはどうもおかしい。あっはっはっ」
 佐々は、大きなこえで笑い出した。


   16[#「16」は縦中横] 大発見


 同じ夜のことであった。
 崖の上に並んでいる蟻田博士の天文台では、新田先生が、昼間からぶっ通しで、望遠鏡をのぞいていた。
「おい、新田。お前は、なかなかがんばり屋だのう。たのもしい奴じゃ」
 と、蟻田博士が、いつになく新田先生をほめて、椅子から立って来た。博士もなかなかがんばり屋で、この天文台へかえって来てからは、ぶっ通しで、本を読んだり、しきりに鉛筆をはしらせて、むずかしい計算をするなど、勉強をつづけていたのであるが、その博士が、今になって、やっと新田先生の熱心さに気がついたのであった。
「おほめにあずかって、恐れ入ります。しかし私は、モロー彗星の衝突が起っても、何とかして地球の人類を助けたいのです。それを考えると、じっとしていられないのです」
 新田先生
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