た。オートバイの上には、風よけ眼鏡をつけた逞しい警官が乗っていたが、手をあげて、こっちの自動車に「とまれ!」の合図をした。
(ははあ、この運転手さんがスピードを出し過ぎたから、それで、おまわりさんに、ストップの号令をかけられたんだな。かわいそうに、この運転手さんは、おまわりさんに叱られた上、罰金をとられるだろう)
と、千二は気の毒になって、運転手の方をふり返った。
すると、運転手は車をとめるかと思いの外、車外の警官をじっと睨《にら》みつけると、かえってスピードをあげて、たちまちオートバイを追越した。
千二は驚いた。
白いオートバイの警官からストップを命令されたのにもかかわらず、自動車は彼を乗せたまま、ぐんぐんスピードをあげて逃出したからだ。
「ねえ、運転手さん。おまわりさんが、ストップしろと命令しましたよ。早くとめないと、大変ですよ」
「おだまり、千二!」
「えっ!」
千二は、また驚いた。
運転手から、彼の名を呼ばれて、二度びっくりであった。
「運転手さんは、どうして僕の名を知っているんですか」
と千二は、となりに並んで腰をかけている運転手の顔を見た。
運転手は、中腰になって、正面をにらんでいた。車は、町の信号も何もおかまいなく、怒れるけだもののように走っていく。
その時千二は、運転手の横顔を見て、心臓がとまるほど驚いた。
「あっ、丸木さんだっ!」
丸木だ! 怪人丸木だ! 運転台でハンドルを握っているのは、この前千二がひどい目にあわされた怪人丸木であったのだ。
「静かにしろ、お前が、そばからうるさいことを言うと、この自動車のハンドルが、うまくとれやしない。もし衝突でもしたら、大変じゃないか」
丸木も、かなり、あわてていることが、彼の言葉によって、よくわかった。
「でも、丸木さん。おまわりさんにつかまると、大変なことになるから、早く自動車をおとめよ」
「いや、とめない。もしとめると、わしは、また人間を殺すだろう。なるべく、手荒いことはしたくないからなあ」
そう言って丸木は、スピードをさらにあげて、芝公園の森の中に自動車を乗入れた。
芝公園の森の中にとびこんだ自動車は、小石をとばし、木の枝をへし折って、森かげをかけぬける。
公園の出口が見えた。
非常召集の命令が出たとみえ、森の出口のところには、棒をもった警官隊がずらりと人垣をつくって通せん
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