た事件をふりかえってみると、怪人丸木にしても、火星人にしても、かなり狂暴性を発揮している。だから、お前たちは必ずめいめいにピストルか催涙弾《さいるいだん》を身につけておれ」
 これを聞いていた一同は、深刻な顔つきでうなずいた。めいめいに、ピストルか催涙弾を身につけておれ、などという命令は、共産党本部へ突入した時の外《ほか》、受取ったことがない。
「課長、彼等を殺してしまっては、何にもならんじゃないですか。ぜひ生捕《いけどり》にしろと、なぜ命令しないのですか」
 佐々刑事は、いささか不満の顔つきであった。
「うん、生捕に越したことはない。だが、彼等は、我々の決意を知ると、将来においては、もっと狂暴なふるまいをするだろうと思う。君がたに命がけで活躍してもらいたいことはもちろんだが、しかし一方において、私としては、ここにいる君がたのうちの一人でもを、冷たい骸《むくろ》にするに忍びない。だから十分用意をととのえるように」
 悪人たちからは、鬼課長として恐しがられている大江山警視だったが、部下の身の上を思うその言葉の中には、限りない慈愛の心があふれていた。
「おれは、必ず生捕ってみせる。おれも生き物なら、相手だって、生き物なんだから。生き物の息の根をとめるには、こうしてぐっとやれば、わけなしだ」
 と、佐々は柔道の手で締めるまねをした。
 怪人丸木と火星の生物との検挙命令を発しおわった大江山捜査課長は、その時、急に思い出したらしく、
「おおそうだ。あの子供は、どうしているかね。千二少年は?」
 と、かたわらを向いてたずねた。
「ああ、千二少年ですか。あれは……」
 と言って、掛長が、あとのことばを、口の中にのんだ。その刹那に、掛長は、鋭敏に、何ごとかを感じたようであった。
「あれは! あれは、どうかしたのか」
 と、大江山課長も席から立って、掛長のそばによった。
「あれは、今朝、放免いたしました」
「なに、千二少年を留置場から出したのか。ほう、一体、誰が千二少年を出せと命令したのか」
「これは驚きました。課長が、今朝ほど、電話をこちらへおかけになって、放免しろとおしゃったので、それで、出したようなわけですが、もしや課長は、それがまちがいであると……」
「大まちがいだよ、君」
 と、大江山課長は掛長の肩に手をかけて、ゆすぶった。よほど、あわてたものらしい。
「おい君。私《わし》
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