見ていると、博士は、そんなことは一向気にかけない様子で、今度はしきりに天体望遠鏡をのぞきこんでいる。
「ほう、モロー彗星の形がだいぶん変って来たぞ。なるほど、これで観測の結果が正しいことがわかって来た」
 博士は、やがて地球がこわれ、そうして自分も死ぬことが、さらに気にならないらしい。そういう落着きは、学者だからそうなのか、それとも又別にほかのわけがあるのか、今のところ、どっちともわからない。
「もし、蟻田博士」
「なんじゃ。大事なところじゃ。あまり口をきくな」
「だって、そういう大事件が迫っていると聞けば、もっと詳しく博士から伺っておきたくなります。博士。一体モロー彗星が、地球に衝突するのは、何月何日のことですか」
 新田先生は、モロー彗星が地球に衝突する日までが、なるべく長いことを祈りながら、最も大事なことを博士に尋ねた。
「衝突の日のことか。つまり地球最期の日は何月何日かと聞くのじゃな。ふふふ、それはなかなか重大問題じゃ。うっかり答えることは出来ない」
「博士。ぜひ教えていただきたいです。それによって、僕たちは、用意をしなければなりません」
「なに、用意をする? 用意って、なんの用意をするのか。お前たちがどんな用意をしようと、結局むだなことじゃ。おとなしく死んでしまうがいい」
 博士は、地球とモロー彗星との衝突する日を、なかなか言おうとはしなかった。新田先生は、ますますいらいらして来るのだった。
「もし、博士。なぜそれをおっしゃって下さらないのですか」
「まあ、いいよ。そんなことを聞いても、なんにもなりはしない」
 博士は、頑として言わなかった。
「まだ一年ぐらい先ですか」
「さあ、どうかな」
「それとも一箇月後でしょうか」
「さあ、どうかな」
 博士は、同じことを言いながら、望遠鏡にしがみついている。
「どうしても、おっしゃって下さいませんか。では、よろしい。僕は、誰かほかの天文学者のところへいって、それを聞いて来ます」
 新田先生はとうとうおこってしまった。いつもは決しておこらない先生だったが、地球が粉みじんになるという恐しい話を聞いたので、少し取りみだしたかたちであったと、先生のために言いわけをしておきたい。
 それを聞くと、博士は初めて望遠鏡から目を離した。そうして新田先生のそばへ近づき、両手を後に組んで、若い弟子の顔をのぞきこむようにして、
「ははは
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