ょっとすると、ネッドが何処かで読んだ星占師《ほしうらないし》の広告文を覚えていて、それをすこしかえて出したのであろう。
「呆れたねえ、張を牛頭大仙人にして、占いをやるのか。それで張は、さっきあんなへんなものを被っていたんだな」
「何か食糧品を一品持って来いとは、はっきり書いたものだ」
「おいおい、何を感心しているのか、まだ仕事が残っているんだ。その下に穴をあけて、この曲ったメガフォンをとりつけるんだ、中をのぞきながら、このメガフォンで張――いや牛頭大仙人の声が聞けるようにするんだ」
ネッドは張切って命令を下した。山木も河合も、始めは呆れはしたが、なんだか面白くなったので、二人で力をあわせて画の牛の乳房のところに穴をあけ、そこに曲ったフォン(多分古いラジオ受信機のラッパであろう、こんなものをどこで探してきたんだろう)を取付けた。
「さあ、もういいから、これであそこに見える町の中を一周り練って廻り、そしてここへ戻ってくるのだ」
ネッドは、猿の腰掛の上から叫んだ。山木と河合とがその方を見上げると、ネッドはいつの間に服装をかえたのか、頭には赤いターバンをぐるぐる巻き、身体にはぞろりと長く引摺《ひきず》ったカーテンのような衣を着、いやに取済ました顔付をしていたが、山木たちがあまりいつまでも見つめているものだから、はずかしくなって、とうとうぷっとふき出した。
「さあ、ぼんやりしないで、一刻も早く神秘の箱車を走らせたり、走らせたり」
「おい、大丈夫か」
山木と河合とは、運転台にとびあがり、早速エンジンをかけて車を動かした。
おどろいたのは、そのエリス町の人々であった。天から降ったか地から湧《わ》いたか、異様な箱自動車ががたがた音をさせて入ってきて、牛頭大仙人の占いを、顔の真黒な子供とも老人とも区別がつかない従者が高い腰掛の上から宣伝したものであるから、みんな目を見はっておどろいた。これをネッドたちの方からいえば、宣伝効果百パーセントであった。
従って、この箱車が元の町はずれの野原へ戻って来たときは、後から町の閑人たちがぞろぞろと行列を作ってついてきたもんだ。
「ふん、しめた。これなら明日一ぱいの食糧ぐらいなら集まりそうだ」
猿の腰掛の上でネッドは胸算用をして、にっと笑った。
いよいよ占いが始まった。希望者は一列にならんで、自分の順序を待った。若い男女もあれば、老人もすくなくない。
箱の中では張が傷のいたみをこらえつつ、大車輪でもってすごい声を出しつづけた。
「牛頭大仙人さま。この間から見えなくなったわしの鍬《くわ》はどこにあるだかねえ」
「汝家に帰りて、裏門より入り、そこより三十歩以内をよく探して見よ」
「へへへ、どうも有難う」
若者にかわって、足の悪い老人がのぞく。
「伺《うかが》うだが、今年のわしのリューマチは左の脚に出るかね、それとも右の脚に出るだかね」
「今年の冬は、始めは左の脚に、後に雷が鳴って右の脚にかわる」
「へへへへ、これはおそれ入りました」
たいへんな繁昌ぶりである。笑声と歎声が入りまじってその賑《にぎや》かさったらない。張もネッドも大汗をかいている。山木も河合も共にのぼせあがって顔が金時のようにまっ赤だ。
そのとき向うから走って来たりっぱな自動車がぴたりと停って、中から現れた一人の老紳士があった。その服装と態度から見て、かなり学問のある人らしい。それもその筈、この人こそデニー博士といって「火星探険協会」の会長であった。そのデニー博士は、何思ったか、すたすたと群衆の方へ近づく。
博士の噂
デニー博士は、頬髭《ほほひげ》顎髭《あこひげ》の中から、疲れた色を見せていた。長身|猫背《ねこぜ》を丸くし、右手ににぎったステッキで歩行をたすけている。これが、かの有名な火星探険協会長のデニー博士の姿である。
「おや、火星会長のデニー博士だぜ、なぜこんなところへやって来たのかな」
牛頭大仙人の鎮座するけばけばしい装いの箱車をや少し離れたところから見物していた町の中年の男が、眉をあげていった。
その傍に山木と河合が立っていた。そしてこの言葉を聞きとがめた。
「なに、火星会長、火星会長とは、どういう意味ですか」
その男はジグスといって、エリスの町に住んでいる靴屋の大将だったが、こういう事柄について何でも知っているのが自慢だった。
「火星会長を知らないのかね、くわしくいえば、火星探険協会長さ、あのよぼよぼ爺さんがまだわし[#「わし」に傍点]のように若かった頃――そうさ、今から三十年前のことだが、その頃からあの博士は火星にとりつかれて、火星探険の熱ばかりあげているんだ」
わし[#「わし」に傍点]のように若いといったジグスは、そう若くもなく、頭のてっぺんで髪が禿げていた。
「へえ、そうですか、それでデニ
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