ない。
 三人の少年たちは安心をして元気づいた。張の怪我したところを調べてみると、それは左の上膊《じょうはく》(上の腕)を何かでひどく引裂いていた。傷はいやに長く、永く見ていると脳貧血《のうひんけつ》が起りそうであった。河合は、箱自動車の方へとんで帰って、救急袋を持ち戻った。そこでとりあえず張の腕を包帯《ほうたい》でしばって血どめを施したが、それはうまくいかないと見え、せっかく巻いた包帯がすぐまっ赤になった。
「ううッ、痛いよ、痛いよ……」
 張は蒼くなって痛みを訴えた。
 三人は困った顔をした。ほんとうのお医者さまにみせる外ないのであろう。三人は張をかつぎあげて、崖をよじのぼり、箱自動車のうしろをあけて、折りたたんだ天幕の上に張を寝かした。傍にはネッドをつけ、山木と河合とは再び運転台に乗って道路を全速力で走り出した。早くどこかの町へとびこんで、張をお医者さまにみせて手当をうけなければならない。
 それから四キロばかり行った先に、小さな町があり、そして医院があった。張をその中へかつぎこんで手当をうけた。傷の中から硝子《ガラス》の破片が大小七つも出てきた。これをとりのぞいたので、張は楽になり、死ぬように泣き喚《わめ》くことはやめた。まあ、よかったと、三人は顔を見あわせた。
「張、どうするかい。この傷ではたいへんだから、村へ戻るかい。戻るならネッドといっしょに、バスに乗ってかえるんだね」
 山木は張にそういった。
 張はすぐ返事しなかった。張は、医院の廊下にべったり座ると、腰に下げていた袋の中から大切にしている水晶の珠を取出し、それにお伺いをたて始めた。張の手当をした老医師は、張がぺったり廊下に座ったのを見て張が腰をぬかしたのだと思い、あわてて奥からとびだしてきた。が、この有様を見てとって、気味がわるいなあといった顔付きになって、白髪頭《しらがあたま》を左右に振った。
「やっぱり、旅行を続けた方がよい――というお告げだ。山木君、河合君。僕は一しょに行くよ」
 張は元気な声でいった。
 山木と河合は相談をした結果、張とネッドをコロラド大峡谷まで連れて行くことに決めた。その代り五週間も遊びまわることは許されなかった。人数が倍にふえたから、食糧は半分の日数しか持たないし、それにお医者さまに治療費を払ったので、残りのお金もとぼしくなった。とにかくこれからはお互いに倹約してやっていかないと、果して目的のコロラド大峡谷まで行けるかどうか、安心はならないのだった。山木と河合の心配を余所《よそ》に、ネッドと張は大元気でふざけている。全く現金な両人だ。とうとうコロラド行をものにしてしまったのだ。


   経済会議


 その夜は天幕《テント》を河原へ張って泊った。翌朝になると、まだ燃えている油に砂をかけてやっと消し、それから競技用自動車に綱をつけて崖の上へ引張りあげ、道路の上に置いた。だがこの自動車はエンジンがかからなかった。仕方がないから綱で箱自動車のうしろへつなぎ、箱自動車でそのまま曳《ひ》いて出発した。大きな牛をかいてある箱車のあとに、ぺちゃんこに押しつぶされた競技用自動車が綱に曳かれてふらふら走っていくところは、実にへんな光景で、街道の至るところに大笑いの種をまいた。
 いくら笑われても、車上の四少年は笑うことをしなかった。いろいろ気にかかることがあって、笑う元気がなかったのである。
 聴けば、張とネッドの乗ってきた自動車は洗濯|倶楽部《クラブ》で借りたものであるが、ブレーキがどうかしているらしく、出発当時からあぶないことばかりであったそうな。その洗濯倶楽部には、ネッドの義兄が会員として入っているので、その手づるで借りることができたという。しかしこのようなぺちゃんこの車になっては、どう詫びて返したらいいだろうかと、日頃は楽天家のネッドも箱車の後から顔をのぞかせて青息吐息であった。
 それでも旅程は一日一日とはかどって、だんだんアリゾナ州へ近づいていった。とはいうものの、まだやっと半道を過ぎたばかりである。
 その頃、貯蔵の食糧が、がっかりするほど減ってしまった。この調子でいくと、四人はコロラド大峡谷の中で餓死《がし》するおそれがあることが分った。食糧係の河合は、目を皿のように丸くして、この一件をどうするかについて一同に相談をかけた。
「僕とネッドがむりに加わったからいけないんだ。その原因は僕たちにあるんだから、なんとか僕たちで考えよう」
 張は、わるびれずにいった。その様子があまり気の毒だったので、山木が言葉をかけた。
「おい張君。君が大切にしている水晶さまにお願いして、缶詰を二箱ぐらいなんとか都合してもらえまいか」
「冗談じゃない。そんなうまい力は、水晶さまにありゃしない」
 張が正直なことをいったので、皆は声を揃えて笑った。するとネッ
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