力装置が働きだしたので、宇宙艇の中でのパイナップルの一片が空中を泳いだり、コーヒーが人を追駆けたりするさわぎはなくなった。
 人工重力装置というのは、この宇宙艇の中に特別に重力の場を人間の力で作る器械であった。この器械が働きだすと、すべてのものは地上におけると同じようにどっしり落着いた。これから先、宇宙を進めばいよいよ地球に遠くなるから重力は更に減ってくるわけだ。だからどうしても、この器械が入用である。
 もしこの器械がなかったとしたら、艇内ではあらゆるものが机の上や床の上から放れ、空中で入り乱れて大変な混乱を起したことであろう。
 人工重力装置が動きだしてから五日目になって、本艇においては非常によろこばしい事件が起った。それは、地上を出発以来、さっぱりいうことを聞かなかったエンジンが、やっと乗組員のいうことを聞くようになったことである。
 速度は、ほとんど危険速度まであがっていたが、この日デニー博士以下の技師たちが総がかりで速度を低下させることに成功した。
 方向舵も、うまくきくようになった。艇内は生きかえったように明るくなった。誰の顔にも喜びと安心の色が見えた。
 四人の少年たちも、これを聞いて、まあよかったと胸をなで下ろした。故障のままで宇宙をとんでいるなんてことは決していい気持のものではなかった。
 その日は、地上出発以来の乗組員たちの苦労をねぎらうためとあって、食堂はクリスマスのように飾りたてられ、たいへんな御馳走が出た。そしてそのあとで、デニー博士をはじめ皆が、余興に隠し芸を出して、大笑いに笑った。
 楽しい時間が過ぎていった。
 会がいよいよ終りに近づいたとき、デニー老博士が立上った。そして重大発言をしたのであった。
「さて諸君。諸君の美しい協力と、不撓不屈の努力とによって、本艇の故障は遂に直ったのであるが、この先、本艇はどんな航路を選ぶべきか、それを只今から諸君に相談したい。それには二つの途がある。一つは地球へ引返すこと、もう一つはこの際火星まで行ってしまうことである。どっちを諸君は望むであろうか」
 そういって博士は、一同の顔をぐるっと見まわした。しかし誰も何もいわなかった。
「現在の本艇の位置は、地球と火星とを結ぶ航路の約三分の二を既に突破している。つまりあと三分の一航行すれば火星につくのである。なお、燃料はどっちにしても十分ある。これは本館――
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