あばよ」
 さしこ頭巾《ずきん》の老人は、そういうとすたすたと向うへ行ってしまった。
「花を売るのか。なるほど」源一は、かんしんしたようにつぶやいた。


   郊外《こうがい》へ


 いよいよ花を売ることにきめた源一だった。しかし花などというものがこの東京に――いや、この日本にあるのだろうかと源一は首をかしげた。
 東京はこのとおり焼けてしまって、どこをみまわしても一輪《いちりん》の花さえみあたらない。そうではなくても、食糧不足のためにどんなせまい土地にも野菜を植えろ植えろといわれつづけて来たので、野菜こそどこにもはえているが、花は全《まった》くみあたらない。花なんか植えてあると、花どころじゃないよ、そんなものは早くぬいて、ねぎ一本でも植えておけ、としかられる。
「花? 花なんて、どこにもないねえ」
 源一は、がっかりして焼跡にしゃがみこんだ。そのうちに、つかれが出て、うとうととねむってしまった。
 どのくらいねむったか知らないが、源一はふと目をさました。
「そうだ。花は咲いているにちがいない。あのさしこのおじいさんは、まさか出来ないことをいうはずがない。――それにああ、僕は今ゆめ
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