しわけないからね」
「ええ、ようがす。おかみさん、上から電線がたれていますから、頭をさげて下さい」
「あいよ、わたしゃ大丈夫だよ。源ちゃん、お前気をおつけよ」
 車は、交番跡から銀座横丁へすべりこんだ。そしてすぐ停った。そこはすぐ裏通りの四つ辻だった。
「おかみさん、そこがお宅のあとですよ」
「まあ、きれいさっぱり焼けたこと」
 声は元気だったが、老婦人の小さな目にきらりと涙が光った。


   一坪《ひとつぼ》の土地


「おかみさん、お気の毒ですね」
 源ちゃん――正しくいうと飛島源一《とびしまげんいち》は、箱車にうずくまっている老婦人に、おもいやりのあることばをかけた。
「しようがないよ。矢口家一軒だけじゃない、よそさまもみんな同じだからね」
「それはそうですけれど……」
「わたしなんか、しあわせの方だよ。だってさ、源ちゃんのおかげで三輪車にのせてもらって生命《いのち》は助かるし、大事な御先祖さまのお位牌《いはい》や、重要書類だの着がえだのは、こうして蒲団にくるんでわたしのお尻の下に無事なんだからね。だから大したしあわせさ」
「ほんとうに私たち運がよかったんですね。行手を火の手で
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