仕事だい、お前さんのもくろんでいるのは……」
「じつは、この一坪館を建てなおして、もっと上へのばしたいのですがね。つまり十階か二十階ぐらい高いものにしたいのです。そして各階に、いろいろ楽しい店を開くのです。どうです、おもしろいでしょう」
「でも大丈夫かね、そんなにひよろ高い煙突《えんとつ》みたいな建物がつくれるかしらん」
「きっと出来ますよ、大丈夫です。二十階の一坪館ができてごらんなさい。銀座の新名物になりますよ。どうです、おかみさん。これをいっしょにやりませんか」
「おもしろそうだけれどね、台風《たいふう》が来たら吹きとびやしないかね。あたしゃ心配だよ」
「たぶん大丈夫です。このことはいずれ、よくしらべておきます」
 源一は、ヘーイ少佐が日本へかえって来たら相談しようと思った。少佐は建築工学に明るいのだったから。
「しかし、なにしろたった一坪だから、二十階つくってみたところが、いくらの広さでもありやしないやね」
 矢口家さんのおかみさんの心は、だんだん源一の話の方へうごいてくる様子だ。


   りっぱな土産《みやげ》


 一坪館を十階または二十階にするという考えは、源一が矢口家のおかみさんと話をしているときにふっと思いついた企画だった。
 しかし源一は、その思いつきが自分でもたいへん気に入った。なにしろ銀座に今二十階建の家なんかありはしないのだ。そういう高層建築物――たとえ一坪しかないにしろ――を建て、そのてっぺんから下を見下ろしたらさぞゆかいなことであろうと思った。ぜひ、つくりたいものだ。
 だが、なんとかもっと店の広さを大きくする工夫はあるまいか。せめて店が四坪ぐらいの広さをもっていたら、どんなに便利だかしれない。お隣りでは地所を売って下さらないか、一つあたってみようと思い、さっそくたずねてまわった。
「とんでもない。うちの地所を売るつもりは、絶対にないね。それよりも、君のところの地所をうちへ売ってくれませんか。うんと高く買いますぜ」
 両隣りでも、裏の家でも、みんな同じようなへんじであった。売ってくれるどころか、はんたいに一坪館の地所を買いたいというのであった。一万円ではどうかと、すぐ金額をきりだす者もあった。
 これでは源一の望《のぞ》みもだめだ。
「源どん、かえって来たよ。けさ東京についた。源どん、元気かわりないか」
 ヘーイ少佐が、血色《けっしょく》のいい顔をぬっと店の中へ入れた。
「やあ、おかえりなさい。待ってましたよ」
 源一は少佐にとびついて手をにぎってふった。
「ほう、源どんへおみやげだ。この本、気にいるだろう」
 そういってヘーイ少佐が源一の手にわたしたのはアメリカ版のりっぱな大形の本だった。
「英語の本ですね。ぼく、はずかしいけれど、きっぱり英語は読めないんです」
「心配いらない。本をひらいてごらん」
 源一は少佐にいわれたとおりにした。どのページにも建築物の図と設計図とがついていた。すばらしい美本の建築設計集であった。
「なるほど。画なら分りますよ」
「それ、みたまえ。はははは」
 四百ページもあるその本には、各種類の近代建築物がのっていた。源一は少佐がそばにいるのもわすれて、ねっしんに各ページを見ていった。
「これはおもしろい。こんなことができるのかなあ。ねえヘーイさん」
 源一が少佐の方へさしだした図面は、塔の形をした建物で、下の方が細く上へいくにしたがってひろがっている。
「できるね。つまり鉄のビームを組んで、横にはりだせばいい。鉄橋や無線局の鉄塔で、そうなっているものが少くない。ほら、ここに出ている」
「よし、これ式の一坪館をつくろうや」
 源一は、一つのヒントをつかんだ。


   摩天閣《まてんかく》


 源一はヘーイ少佐に相談をして、十二階のはりだし式になった一坪館をつくることになった。
 これは十階までが一坪であるが、十一階と十二階は、横にはりだしている。そのはりだしをささえるために八、九階あたりからななめ上へ鋼鉄のビーム(大きな腕金《うでがね》)をつきだして、下からささえているのだった。なかなか名案であった。
 こうした構造によって十一階、十二階は、他の階の三倍ぐらいの広さになった。これならかなり品物をならべることができる。ヘーイ少佐のためにゆっくりしたベッドを用意することもできると、源一はよろこんだ。
 少佐は源一のために、またいろいろと力を貸してくれた。
 矢口家のおかみさんの方は、もちろん大のり気になってセメントやお金をつぎこんでくれた。
 こうして、新しい一坪館は、十二階の摩天閣《まてんかく》となって、銀座を行く人々にお目みえした。
「いよう、すごいものを建てたね。いったい、何階あるんだ」
「地上が十二階だとさ。地階が五階あるから、これもあわせると十七階だあね」
「ほ
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