ませながら、その図面にみとれているのを笑いながらみていて、そういった。
「持ちたいですがねえ……」持ちたいですが、現在の身の上では、火星探険と同じように、自分の力では出来ない相談だと源一はあきらめ顔になる。
「じゃあ、このとおり、ぼくはここへこの店を建てることにしよう」
「えっ、なんですって……」
源一は、思わず大きなこえを出して、ヘーイ少佐の顔をみつめた。
少佐は愉快そうに美しい歯なみをみせて笑っていた。
「これはぼくが設計したビルだ。これをぼくがたてる。ぼくは、三階に住む。あとの二階と一階と地階は、君が使って店にしてもいいし、ベッドをおいてもいい。そういう条件を君が承知するなら、ぼくはこのビルをたてる。どうだい、ゲンドン」
そういわれて、源一はすぐにことばも出ず、つづけさまに、大きなため息が二つ出た。それから彼は、自分の頬《ほ》っぺたをぎゅうとつねってみた。
「あ、痛い。ゆめじゃないね」と源一はひとりごと。
少佐はパイプを出して火をつけながら、笑っている。
「承知するかい、ゲンドン」
「ありがとう。ぜひお願いします」と、源一はやっとものがいえた。全く思いがけないことだ。しかし少佐の好意にあまえていいのだろうか。
「心配しなくてもいい。ぼくが家をつくり、君に番をしてもらうんだから」
「ほんとにヘーイさんは三階に住むんですか」
「ベッドを一つおきたいね」
「それは、いいですけれど、全部でたった一坪ですよ。ヘーイさんのそんな長いからだが、のるようなベッドがおけるかしら」
「心配しないでいいよ、君は……」
一坪館《ひとつぼかん》開店
すばらしい四角な塔のような建物がたった。
近所の人たちはおどろいた。なにしろ自分たちの家は平家が多く、たまに天井の低い二階家があるくらいだった。
ところが源一の新築した建物は、雲にそびえているようにみえるほど高かった。地上から三階建であるが、各階ともに天井が高くとってあるのですばらしく高い。したがって外から見ると、どうしても塔に見える。その塔は近所の家をすっかり見下ろしている。いや、銀座界隈《ぎんざかいわい》を見下ろしているといった方がいいだろう。
全体はクリーム色にあかるく仕上げられた。屋根には緑色の瓦《かわら》がおかれた。
銀座を通る人々は、誰もみんな、この新しい塔の建物に目をむけた。
屋根に近いところに、モザイクで、赤バラの花一輪がはめられると、この建物は盛装《せいそう》をこらした花嫁さんのようになった。
「すばらしい塔をこしらえたもんだ。あの塔は何だね」
「さあ、何だかね。今どき、ごうせいなことをやったもんだ。ちょっとそばへいってみようよ」
みんな、この塔の下にあつまって来た。
そのとき彼らは見たのである。その一階の店前《みせさき》に、いろとりどりの美しい草花が鉢《はち》にもられていっぱいに並んでいるのを。
「あ、花屋だ」
「やあ、きれいだなあ。花ってものは、こんなに美しかったかしらん」
「うれしいね。焼夷弾《しょういだん》におわれて、こんな美しい草花のあることなんかすっかり忘れていたよ。一鉢買っていこう。うちの女房や子供に見せてよろこばしてやるんだ」
塔見物にそばへよって来た人々は、こんどは草花の美しさにとりこになって、争《あらそ》うようにして源一の店から花の鉢を買っていく。
源一は、あせだくで、うれしい悲鳴をあげていた。
この新しい銀座名物の建物は「一坪館《ひとつぼかん》」と名づけられた。
たった一坪の土地が、こんなに能率よく利用せられたことは、今までにはほとんどないことだろう。
店の品物があまり売れすぎるので、午後一時頃には品物が店になくなりかけた。困ってしまった源一は、誰かを雇《やと》って花の仕入《しいれ》をしようかと考えた。しかしそのとき思い出したのは、いつも源一に元気をつけてくれた犬山画伯《いぬやまがはく》のことだった。
(そうだ、犬山さんに頼んで、しばらくこの店を手つだってもらおう)
そう思った彼は、その夜、犬山画伯のもとをたずねた。
犬山画伯は、家を留守にしていた。田舎へ出かけて、いつ帰ってくるか分らないという話だった。彼はがっかりして一坪館へひきあげた。
彼にもう一つの心配があった。明日は土曜日でヘーイ少佐が来る。そして、いよいよベッドを三階に入れるわけだが、あんなせまいところへうまく入るだろうか、そして少佐が土曜日の夜をあそこでうまくねられるだろうかという心配だった。
ベッドを三階へ
ヘーイ少佐は、土曜日の午後、ジープを自分で運転して一坪館へのりつけた。
「ほう。すばらしい繁昌《はんじょう》だ」
少佐は、よろこびのあまり、ぴゅーッと口笛を吹いたほどだった。全く一坪館の前は人垣《ひとがき》をつくっていて、
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