阪駅に入っていった。
「富山へ行くんだ。一つ切符をどうぞ」
 彼はまだ呂律《ろれつ》のまわらぬ舌で、切符売場の窓口にからみついた。ひどく飲みつづけていたらしい。飛行機なんか、もうとっくの昔に乗りおくれてしまっている。
「おい山下君。ど、どこかへ逃げちゃったよ」
 彼は、自分にも記憶のない人の名をよんだりなどしている。
 彼は午後十時十八分の列車に、ようやくのりこむことが出来た。そして寝台の中にもぐりこむが早いか、蠎《うわばみ》のような寝息をたてだした。よほど飲んだものらしい。
 列車ボーイに起されて目がさめた。
 まだ腰がふらふらと定まらない。洗面所へ行ってみると、満員だった。窓外は朝の山々や田畑がまぶしく光っていた。
 車室へかえってくると、もう寝台はきれいに片づいていた。食慾がない。どうも変だ。昨日はなぜあのように飲みすぎたのだろう。軍艦横丁のおでん屋に顔をつきこんでから、ひどく酔《よい》のまわったことを覚えている。それから後は、連《つれ》が出来たらしく、誰かと一緒に飲んでまた飲みつづけた。大事を前にして、どうも不思議な自分の行動だった。酔いではなく、麻酔《ますい》のようにも思う――と帆村は悔恨《かいこん》の体《てい》である。
 富山駅では大勢の人が下りた。
 帆村もぐらぐらする腰をあげて下りた。外へ出たがどうも気分がよくない。
 とうとう思いきって駅前の交番へとびこんだ。甚だ気がひけるがあまり頑張っていて更に大きな失態をしては、事件の依頼主に対し相済まぬと思ったからである。
 身分証明を見せると、詰所の警官は本署に電話をかけてくれた。間もなく栗山という刑事と、ほかに医師が一人、帆村を迎えにきた。
「これは麻痺剤《まひざい》のせいですよ。誰かに一服盛られましたね。すぐ注射をうちましょう」
 医師は心得顔に、注射の用意にかかった。
「やっぱりそうか。あの山下とかいった男が、喰わせ者だったんだ」
 瞼《まぶた》の間にのこるその山下とかいった酒の連こそ恐るべき人物だったのだ。生命に別条のなかったのは何よりだった。帆村は交番の奥の間に寝かされた。
 栗山刑事が、帆村にかわって公会堂へ行ってくれた。そして彼のため書きうつしてきてくれたのは、上のような割り算であった。
[#ここから罫囲み]
[第八図]
※[#丸6、1−13−6]

       8□3
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